紺色のひと

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クマのため?山にどんぐり・柿を運んではいけない理由

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日本熊森協会にドングリ等を送り、山に運んでもらうという活動が、2004年頃から継続的に行われています。関西圏のヴィーガンカフェ等でどんぐりを受付け、協会に送るという間接的な活動もあるようです。
2020年は、特にクマが人里に出没する件数が多く、連日補殺される等の哀しいニュースが流れてきます。なんとかしたいと私も思いますし、実際にその気持ちを行動に移したいと、せめてドングリを拾って届けたいと考えておいでの方もいらっしゃると思います。
しかし、それは本当にクマのためになる行動でしょうか? 「かわいそうだから」「飢え死にしてしまうから」という気持ちも、「クマに餌をやる」という行動になってしまうと、結果的にクマを苦しめてしまう(殺されるクマを増やしてしまう)ことにつながります
クマを助けたいというやさしい気持ちを否定するものではありませんが、クマのためにはなりませんし、誰かを傷つけてしまうかもしれません。

私なりに「どうして山に運んではいけないか、その理由」を考えてみましたので、お読みいただけると嬉しいです。
なお、ここでは「なぜクマが山から出てくるか」「どうすればよいか」についての解説はいたしません。以下のリンク先記事が原因と対策を詳しく述べていますので、ご参照ください。
過去5年で最多、「クマ出没」が増えた意外な真相 | 災害・事件・裁判 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準
「クマ被害 過去最悪のペース 対策は」(くらし☆解説) | くらし☆解説 | 解説アーカイブス | NHK 解説委員室

理由1.野生動物へ餌やり(餌付け・給餌)はすべきでない、という大原則

その言葉通り、野生動物は自然条件下で生きています。
「餌を与える」という直接的な行為は、餌に依存させ、人に馴れさせ、農作物被害を誘因する等の大きな問題点があります。野生動物に無責任にかかわるべきではありません

ブナやナラ類など、どんぐりの仲間には豊凶(なり・ふなり)があります。これが繰り返され、芽生えの数やどんぐりを食べる動物の数が変化する(場合によっては飢え死にする)のが自然の中では当たり前のことです。そして、自然の中では凶作の年のほうが多いのです。もし、餌をやることで生き延びてしまったとして、来年そのクマは何を食べて生きていけばいいのでしょうか?
「なんとか助けたい」という気持ちは、もしかしたら「今死ななければそれでいい」という気持ちと表裏一体のように思います。
※このドングリの豊凶については、別記事「絵本「どんぐりかいぎ」で学ぶ熊森ドングリ運びの問題点 - 紺色のひと」で詳しく解説しています。


これまで、野生動物に餌を与えることは、希少種の保護増殖など、いくつかの事例で行われてきました。しかし現代において、野生動物への餌やりはデメリットが大きく、行うべきでないと考えられるようになっています。
こうした野生動物への関わり方は、研究が進んだり、社会全体の考え方が変化することで、「よい/やるべき」とされることが変化します。昔は飼っていたペットを自然に返したり、動物に餌をやったり、魚を放流したりすることが「よいこと」とされていましたが、今は逆に悪影響が大きいとわかり、これらは避けるべきとされています。
こうした知見に基づく価値観をふまえ、ほんとうにクマのためになる活動は何かを考えてみるのがよいと思います。

理由2.結果的にクマを苦しめ、殺してしまいます

餌を食べたクマは一時的には空腹を満たすことができるかもしれません。
しかし、いくつかの理由で、結果的に殺されるクマを増やしてしまうことにつながります。

2-1.人里に寄せるきっかけとなる

ドングリはともかく、柿は人間が品種改良した栽培種で、基本的に山の中にはないものです。
「山に運ぶ」といっても、結局は車で林道をしばらく走り、道から近いところに置いてくるかたちですが、その数キロ~十数キロはクマにとってもすぐに移動可能な距離です。山に接した集落にまで出没している現在、林道づたいに人里まで出られる箇所に餌を置く活動は、「山にクマをとどめておく」よりも「そのまま里に案内してしまう」リスクが高いと考えられます。
こうして人里に近づくことは、クマにとっても殺されるリスクを高めてしまうと言えるでしょう。

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林道沿いにあったツキノワグマのふん。歩きやすい林道は動物にとっても移動経路です
2-2.果樹の味を覚えさせてしまう

ツキノワグマやニホンザルなどの野生動物は、学習の結果として農作物や果樹を食べるようになることが知られています。そして、一度味と場所を覚えると、それを入手できると認識し、繰り返し出没する習性があることが明らかになっています。
クマにおいては、母グマとの生活期間で覚えたり、餌探しの中で人里でたまたま果樹や野菜を食べた個体が、その後農作物被害を継続させると言われています。
山の中に柿やリンゴなどの果実を置くことは、それまで山の中になかった食べものをクマに覚えさせることにつながります。山中に実っていなくても、行動の結果、同じものを人里で見つけた場合、既に食べものとして認識しているクマが柿の木のある人家に近づいてしまいます。人里に近づけば人間との遭遇・接触する機会が増え、結果的に殺されるクマを増やしてしまいます。
※twitterなどのSNS上では、「山の中に柿をおくと、人間の匂いがついた食べものを覚えて匂いをたどり、人里に出没するようになる」との主張をされている方も見受けられますが、私はその説に懐疑的です。とはいえ、学習により出没のリスクを高めてしまうこと、結果的に殺される可能性を上げてしまうことは同じです。

理由3.活動中の事故が心配

詳細はわかりませんが、現在、どんぐりや柿は熊森協会のスタッフさんの手によって各地の山に運ばれているようです。この時期に何度も山の中に入ることはクマと遭遇する可能性を上げ、出会い頭の怪我などの人身事故につながりかねません。また、もし同じ場所に何度も運びに行っているのであれば、食べものがあると認識したクマが周囲にいることも十分に考えられます。非常に危険です。

じゃあどうすればいいのか

「クマを助けたい」という気持ち、よくわかります。
熊森協会の活動は、理念は崇高だと感じるものの、その活動手法などに問題が大きいと感じており、僕個人としては支援をおすすめできません(応援はしているのです、本当に)。
他にも、クマの保全や対策を行っている団体があります。

特定非営利活動法人ピッキオ
ピッキオは、ベアドッグの育成や学習放獣など、軽井沢を中心にクマと人間の共生について活動しているNPOです。支援や寄付についてはこちらのページを参照ください。

日本クマネットワーク|ヒグマ・ツキノワグマ
JBN(日本クマネットワーク)は、日本でクマと人間の共存をはかるためつくられたNGOです。会員としての支援や寄付はこちらのページから受け付けています。

知床財団|世界自然遺産「知床」にある公益財団法人
知床財団は、北海道を中心に環境教育や普及啓発、野生生物の保護管理・調査研究、森づくりなどを行ってきた公益財団法人です。賛助会員・寄付についてはこちらのページから確認できます。

おわりに

熊森協会は、「クマたちを山にとどめるために、緊急対策として里の実りを山中に運ぶことせざるを得ない」と主張していますが、上記の理由から反対するものです。
クマを山にとどめる、里に出てこないようにする……という目標設定は正しいと私も賛成しますが、そのための対策手段として「餌を運ぶ」ことはクマにも人間にもデメリットがあまりに大きく、絶対にやるべきではありません。

クマに無責任に餌を与え、依存させることは、「生態系を破壊する人間」の無責任な行動そのものとも言えるでしょう。熊森協会が批判していた人間のあり方をなぞっているように見えるのは皮肉です。

熊森協会さんには、デメリットの大きな「餌運び」活動の誤りを認め、ただちにやめていただきたいです。そして、改めて賛同者により具体的な対策を啓発し、前向きに改善してもらいたいのです。せっかくの行動力、もったいないですよ。クマのために使ってください。どうかお願いいたします。

◆補足解説

「どんぐり運び」に対する批判について

以前から協会が行ってきた上記活動は、学識者、専門家、他の環境保全活動をしている団体から批判されています。いくつか紹介します。

1.野生動物への給餌活動について

例を挙げると、環境省による希少種保全のための給餌(タンチョウやシマフクロウ)が行われたり、集団越冬地などで地元団体によるハクチョウへの餌付けが行われたりしてきた経緯があります。
しかし、希少種保全のための給餌に関しては、平成19年の環境省の方針発表以降、「特別な事例を除き、安易な餌付けの防止についての普及啓発に取り組む」として、餌付けが行われないよう取り組みを進めています。

野生鳥獣の保護管理に係る計画制度 基本指針 || 野生鳥獣の保護及び管理[環境省](H29.9告示版)

またここでの「特別な事例」は希少鳥獣の保護等に関するものですが、これも餌を置けばよいというものではなく、対象となる個体の数や必要な餌の量を十分に把握し、計画的に行われるよう定められています。
例えばシマフクロウは国内で百数十羽という絶滅の危機に瀕した鳥ですが、民営旅館による給餌は(故意であろうとなかろうと)安易な餌付け行為であり、やめるよう指導されています。
北海道地方環境事務所_シマフクロウ保護増殖事業
釧路自然環境事務所_シマフクロウ保護増殖事業における給餌等について(お知らせ)
またハクチョウ等の集団営巣地での給餌も、鳥インフルエンザイルスの蔓延防止対策として、全国的に縮小傾向にあります。

第八 鳥獣への安易な餌付けの防止
鳥獣への安易な餌付けにより、人の与える食物への依存、人馴れが進むこと等による人身被害、農作物被害等の誘因となり、生態系や鳥獣保護管理への影響が生じるおそれがある。
このため、国及び都道府県は希少鳥獣の保護のために行われる給餌等の特別な事例を除き、地域における鳥獣の生息状況や鳥獣被害の発生状況を踏まえて、鳥獣への安易な餌付けの防止についての普及啓発等に積極的に取り組むものとする。また、鳥獣を観光等に利用するための餌付けについても、鳥獣の生息状況への影響や、鳥獣被害の誘因となることがないように十分配慮するものとする。
さらに、不適切な生ごみの処理や未収穫作物の放置は、結果として鳥獣への餌付けにつながり、鳥獣による生活環境や農林水産業等への被害の誘因にもなることから、安易な餌付けが行われることのないよう、鳥獣の生息状況を踏まえながら地域社会等での普及啓発等にも努めるものとする。
クマやサルなど野生動物への餌付け防止について || 野生鳥獣の保護及び管理[環境省]

2.その他の問題点

2-1.餌の量

秋のツキノワグマは冬ごもりにそなえ、広い距離を移動し、ドングリなどを中心に食べます。
飼育下で一日10kg以上のドングリを食べた(熊森協会)との報告例もあり、たまに運ぶ程度では冬眠までの空腹を満たせるとは考えられません。とはいえ、実際に協会がどの程度の量をどの程度の範囲に、何頭ぶんの食糧を見込んで運んでいるのかは、情報が公開されていないのでわかりません。ただ個人的には、十分でないことは認識しておられるのではないかと感じています。
実施者である熊森協会も、役に立った証拠として「クマが食べた」という写真を出すものの、どこにどれだけの量を運んだのか、その地域には何頭程度生息している見込みで、どの程度運べば十分と考えているか等の計画が一切見えてきません。私が協会会員の方から聞き取りを行った際、ドングリ運び活動自体が計画的でないことを示唆する内容もあり、「地域のクマの空腹を満たす」ことは運んだ直後の一時的なものに過ぎないと考えます。

2-1.遺伝的撹乱の観点

上記では割愛しましたが、ドングリは植物の種子であり、基本的に自然条件下で移動する可能性のある範囲外へ人間が運び散布することは、外来種問題・地域性遺伝子の撹乱の観点から避けるべきです。
この件は2004年時点で協会の活動に異を唱えておられた以下の邦文が詳しいです。
野生グマに対する餌付け行為としてのドングリ散布の是非について~保全生物学的観点から~

2-2.人里への誘因

カキノキ科の自生種や、放棄された集落や家の周辺で柿の木が「山の中にあるように見える」ことはあると思いますが、一般的に知られる「柿」は品種改良された果物であり、野生の果実よりも非常に糖度が高いものです。クマに対しては大きな誘因効果を持ちます。

3.事故リスク

心情的にはこれが一番大きな理由です。善意で活動に協力・参加しているスタッフやボランティアの方が、作業中にクマに襲われていいはずがありません。餌運びでこうした活動を継続すること自体、事故のリスクを上げています。キノコ狩りや狩猟は好きで生息地の中に入っていっているわけですが、クマを助けようとして山に入っていって事故に遭うのはあんまりじゃありませんか。何か起こる前に、やめてもらいたいです。


なお熊森協会はこうしたドングリ運びの活動について、2020年11月時点で改めて公式ブログ記事を更新し、協力を呼びかけています。
一般的に批判されている内容に対する反論めいた記述も含まれていますが、正直根拠に欠け、反論と呼べるものではないと感じます。「山に置いた餌をクマが食べている」ことは、ただの食べた証拠であって、活動の正当性や効果を証明するものではありません。
熊森が運んだドングリをクマたちが食べています-くまもりNews


以上、「どうして『餌不足のクマのために、山にどんぐりや柿を運ぶ』のがいけないの?」について、2020年秋時点での私の個人的な考えをまとめてみました。適宜加筆修正予定です。
2021.3.11 章立てを修正しました