紺色のひと

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熊森協会×EM菌、コラボでナラ枯れ対策?

熊森協会は主たる活動「どんぐり運び」の理由付けのひとつに、ナラ枯れによる森林の衰退や山の餌不足を主張しています。
熊森協会と、ニセ科学として例示されることの多い「EM菌」とのコラボによるナラ枯れ対策が行われるかもしれないとのことで、懸念しています。私の考えを書いてみました。

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熊森協会とEM菌のコラボ

経緯

2020年10月末、熊森協会HPに「ナラ枯れ防止策を求めて、比嘉照夫先生を訪問」との文言がありました。*1
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熊森協会からは本件についての続報がありませんでしたが、比嘉氏が理事長を務める地球環境共生ネットワークの会報において、2021年1月25日で以下のような発表がありました。経緯について詳しくは存じませんが、文脈からは熊森協会からアプローチしたのではないかと思われます。
「U-net通信」第113号(1月5日)(リンク先pdf)

先日、一般財団法人日本熊森協会との色々な話し合いがあった。近年、森が荒れて、ナラ枯れなどでクマの食べ物であるドングリがなく、クマが人里まで出てきてひどい目にあっている。森の荒廃をどう防ぐかが大きな課題になっている。宮城のU-netでは結界を作ってナラ枯れ対策を行っていてうまくいきはじめている。森は個々の畑をやるようには簡単にいかないので、山に対してEMをどうやるか考えていた。奈良県の大神神社の山はEMで蘇った。これまで海の日は川や海にEM投入してきて、EMをやれば汚染から回復できると確信できるようになったが、やはり、山に降った雨水が川や海に集まるので一番いい方法は山にEM が増えて、山から流れ出た水が川や海をきれいにするのが最もいい方法である。
(略)
日本熊森協会からも山でのナラ枯れを防ぎ、他の生物が森で生きれる様に広葉樹林化し、効率よく自然保護をしたいとの申し出があった。我々もU-netの行動規範の最初に出てくる山について、山の日と海の日があるので、山の日に因んでどこかでスタートを切りたい。来年度は海の日と並行して山の日に日本熊森協会と協力してナラ枯れ防止や野生動物が農産物を荒らさないような対策を兼ねて活動を進める。
「U-net通信」第113号(1月5日)P4より抜粋

EMコラボの問題点

EM(有用微生物群、EM菌とも)は、農業・水質汚濁・放射線低減・健康被害などの様々な問題に効果がある! と万能性をうたうことから、ニセ科学の例として言及されます。ニセ科学とは「科学を装っているが科学ではないもの」のこと。EMも、科学的根拠に乏しいものの「なんにでも効く」と主張しており、活動参加の容易さから学校教育にまで入り込んでいることが問題視されています。
EM:疑似科学を科学的に考える 明治大学科学コミュニケーション研究所

また熊森協会は”実践自然保護団体”を自称し、これまでも科学者や研究者の情報発信や姿勢などに対し強く批判を行ってきています。また、自ら「日本奥山学会」という学会も立ち上げています。
そんな熊森協会が、よりによってEMとコラボして活動すると聞き、たいへん驚きました。
これまでも、熊森協会の主張には非科学性が見え隠れしていましたが、ここで改めて協会内部の科学に対する姿勢が露呈したと言えるでしょう。

私は以前から「活動の根拠となる科学的データを自ら示さず(多方面から悪影響が批判されている非科学的な)対策手法を継続する」という熊森協会の活動もニセ科学的であると認識し、活動内容及びその手法について批判してきました。「データはある」と言うものの、彼らからそのデータが科学的検証可能なかたちで公に出されたことはないため、そのあり方がニセ科学的だということです。
*2

本活動の今後と私の意見

先に引用した比嘉氏の団体会報によれば、山の日、2021年8月8日に熊森協会とコラボし、ナラ枯れ防止や野生動物の農作物被害対策に関する活動を行うようです。
何を行うのか詳細は不明ですが、これまで海の日に行われてきたEM団子の海中投入をふまえると、山中へ何らかの投入を行うことも考えられます。熊森協会自身が「何かをまく」ことでクマを助けたい善意の活動の受け皿として機能してきたわけですから、EM団子とは非常に相性がいいかもしれません。
何が入っているかわからない団子をまくことの直接的な悪影響については現時点で不明です。「どんぐり運び」のように、どんぐり内の虫の移動という外来生物問題としての側面や、野生動物への餌付けなど、予測しやすい悪影響があるかどうかはわかりません(もちろん、なさそうだからやっていいと言っているわけではありませんよ)。
また近年は、EMを活用した鳥獣の農作物被害対策として、ペットボトルにEMを入れイノシシの目の高さに固定しておくとか、EMセラミックスをぶら下げて連結し結界をつくるといった提案もあるようですので、こうした具体策が熊森協会のトラスト地で試験的に行われたりするのかもしれません。
こうした事前予想が杞憂に終わり、なにも起こらなかったり、コラボはしたけどまともな対策の活動を行いましたとか、そういうオチであってくれることを祈っています。

とはいえ、既に熊森協会はEMと協力する姿勢を明らかにしてしまいました。菌の働きで放射能が消えるとか、水がきれいになるとか、飲むと健康になるとか、結界を張って動物を寄せ付けないとか、「これでなんでも解決できる」とうたうEMの万能性に問題解決の糸口を求めてしまったんです。それは自然科学の分野で活動している者が、自然保護団体を名乗る者が絶対にやってはいけないことだと私は思います。今後、協会の語る主張にはすべて、ニセ科学的な色がついてしまったとも言えるでしょう。
もうひとつ、熊森協会が運営している奥山学会のことです。正直な話、私は奥山学会を「熊森協会が自らの主張に都合のいい学術的権威を付与するため」のものだと認識していますが、一応は科学の土俵に立つためのものでしょう。科学を語る場を用意する側がニセ科学にすり寄ってどうするんですか。*3


自然科学の分野で活動されている方の間では、熊森協会の活動に科学的根拠が乏しいことは周知の事実と言ってよい状況と思います。しかし、こうまでわかりやすいかたちで表出するとは予想していませんでした。
熊森協会の獣害対策・クマ保全対策は現時点でも十分すぎるほど独自路線ですが、より先鋭化し、一部の賛同者しか受け入れられないような活動を強行していくような方向に進まないかが心配です(内部でもこの動きに疑問を抱いている方がいるのではとか、胃を痛めている方がいるのではとも想像しますが、組織内部の問題は私が心配する筋のことではないと思いますので)。

現在、熊森協会の活動は、クマや森林を守りたい善意の方、動物愛護精神あふれる方、現行の森林・動物保全対策に不満を抱く方など、様々な層の想いの受け皿として機能しているように見えます。今後、EMという科学的に大きな問題を抱える組織と協力することで、熊森協会本来の活動にーー少なからず科学的根拠を必要とする自然保護活動にーー支障が出ることを懸念しています。

以上です。


以下に、関連情報として、ナラ枯れに関すること、また熊森協会とその支部がナラ枯れ対策として実施している「炭まき=山に炭を運び木の根元にまく」と、その大元にある炭の万能性に期待するオカルト方面とのかかわりについて少し整理します。

「ナラ枯れ」について

発生のメカニズム

ナラ枯れの直接的な原因は、カシノナガキクイムシという甲虫によるものとわかっています。この甲虫がナラ類の成木に穴をあけ、ナラ菌と呼ばれる病原菌を媒介させることで、感染木を枯死させてしまうというメカニズムが明らかになっています。
東北森林管理局/カシノナガキクイムシ
ナラ枯れ(ナラ類の集団枯死) 神戸大学 森林資源学研究室 黒田慶子 Kuroda, Keiko

ナラ枯れは時代の変化に伴う燃料資源の変化により、薪炭林として使われなくなったナラ林(ようは雑木林)が成長し、カシノナガキクイムシが発生しやすくなったことにより広まったと考えられています。
芝刈りや薪拾いなど、昭和中期頃までは適宜切り倒され更新されていた若い雑木林。石油燃料の普及や地方の人口減少などで活用されなくなり放置された結果、今まで大発生しなかった虫が広まるようになってしまったという、社会情勢や人と自然のつきあい方が変化したことにより起きたものだといえます。

熊森協会のナラ枯れに関する主張

2020年8月時点で「ナラ枯れの原因は虫ではない」という公式ブログ記事を書いています。協会のナラ枯れ対策は、理事の故宮下氏の主張に沿った伝聞調の筆致で、あまり具体的な話ではないのですが、いずれにせよ協会は主たる原因をカシナガではないと考えているとわかります。

虫原因説から脱皮すべきでしょう。(略)
ナラ枯れの原因は、直接的には虫であったとしても、地球温暖化、酸性雪雨、大気汚染などの人間活動の総合作用によって、木々が弱っただけではなく、土壌内の共生菌である微生物たちが変化したり衰えたりしていることではないでしょうか。
ナラ枯れの原因は虫ではない-くまもりNews
「web魚拓)

ナラ枯れでどんぐりの木を枯らす直接の原因はカシノナガキクイムシという外来昆虫ですが、ナラ枯れの大発生には異常気象や酸性雨(酸性雪)などにより森の木々が弱っていることが影響していると言われています。いずれにせよ、人間の環境破壊の影響です。
今年のナラ枯れ状況とクマ生存の危機-くまもりNews

「炭まき」という対策

熊森協会、特に協会群馬県支部や山形県支部が行ってきた「炭まき」は、協会理事の故 宮下正次氏が提唱し実践していたものとのことです。炭の効力としてのひとつとして期待される土壌改良剤としての役割で、酸性雨により弱った山を再生させたい……という思いがあったのではと想像します。これは想像ですが、元林野庁職員であった氏は現地でも精力的に活動している中で、カシノナガキクイムシ対策として薬液注入や薬剤散布を行っていた当時の手法に疑問を感じ、環境負荷の少ない手法を模索していたのではと思います。

炭は水質浄化や土壌改良など、さまざまなことに活用される自然由来の素材ですが、宮下氏の主張をみると、どうも炭の力を過大評価していた節があるように思えます。
以下のブログ検証記事からの孫引きになりますが、宮下氏は「毒ガス、環境ホルモン、放射能、ダイオキシンも炭が吸着する」「アトピーの毒素を炭が吸着する」という主張をしていたようです。また、オカルト方面ではよく名前が出てくる船井幸雄氏からも「グラビトン・セラミックを使用し、奥日光に結界を張った」ことで、ケガレチをよみがえらせた……と紹介されたとも。
Gazing at the Celestial Blue 熊森とひっつきもっつき、その2の2

1500年前の天皇陵の木々は古代テクノロジー「結界」により青々と守られていた
宮下正次
舩井幸雄.com(船井幸雄.com)|舩井(船井)幸雄のいま知らせたいこと、トップが語る、「いま、伝えたいこと」

ご本人の動機はともかく、オカルト寄りの危うい活動だったように思えます。上記のように炭に万能性を期待するのは、とても科学的な姿勢だとは言えません。また森林内に炭をまくこと自体は土壌改良として理解はできるものの、宮下氏や熊森協会が主張する酸性雨・酸性雪原因説については、既に研究機関から否定的な意見が整理されています。

Q4:
ナラ枯れの要因は「樹齢」だけなのでしょうか。被害の全国分布を見ていると、海岸部が顕著に思われます。10年程前、「日本海側に被害が多いのは、中国からの偏西風による酸性雨が要因である」と教えられたことがあります。
A:
「酸性雨が原因である」という解釈は、研究データに基づいたものではありません。日本海沿岸部に被害が多いこと、および枯死したナラを観察して菌根菌がほとんどついていなかったことから、酸性度が高まった酸性雪によって菌根菌が損傷し、その結果ナラが枯れるという説が90年代に提唱されました。しかし菌根菌がなくなるのはナラ枯損の「原因」ではなく「結果」であることが証明されています。ナラタケ説についても同様です。なお、1930年代など昔のナラ枯れについて、薪炭林を放置した過熟林が枯れたと記録されています。酸性雨がひどかったと考えられない時代に集団枯死が発生していることも、酸性雨(雪)説が支持されない理由です。
森林総合研究所 関西支所/平成20年公開シンポジウム開催報告およびQandA

ちなみに、「ナラ枯れ対策としての炭まき」に対する私の率直な考えは、「炭をまくことがナラ枯れ対策になるとの根拠も乏しく、もっと効果があがることがわかっている別のことをしたほうがいいんじゃないのかな。土壌改良剤としての効果を期待すれば、炭をまく活動自体がまったく無駄とまでは言わないけれど……」です。
もちろん、それでどんぐり運びなんてされたらたまったものではありませんが。

その他資料、関連リンクなど

EM菌の正体(構成微生物を調べました)|片瀬久美子|note
片瀬久美子さんによる、EM菌の分析に関する検証記事です。

asay.hatenadiary.jp
asay.hatenadiary.jp
asay.hatenadiary.jp

*1:トップページの「活動予定」欄への記載であり、現在は更新されて見られません

*2:※これまでの熊森協会の活動だと、協会が飼育に関わっているクマ「とよ」の糞を堆肥化するのにEM菌を使ったことがある程度で、そこまで目立ったものはありませんでした。微生物資材を堆肥発酵に用いるのは別に変な使い方ではなく、支援者の中にEM好きな方でもいるのかな、まあ賛同者が重なるのはよくあることか、と特段問題視はしてきませんでした。 命名『糞デルト発酵シュタイン』?!-くまくま日記

*3:熊森協会の学会に関する参考:熊森協会の科学観と「奥山保全・復元学会」の閉会 - 紺色のひと