ガルパン劇場版を北海道植生警察の視点からみる
※本記事では、公開中/BD・DVD発売中の「ガールズ&パンツァー劇場版」のネタバレおよび一部映像の引用を含みます。ご注意ください※
巷で大人気のガルパンことガールズ&パンツァー、劇場版のBD/DVDが発売になりました。
僕もにわかガルパンおじさんの一人です。「人気あるみたいだな…」とミーハー心からTV版(Amazonプライム)を見たら気に入ってしまい、その後劇場版を視聴。TV版を何度も見返すありさまです。TV版・劇場版のサントラは出勤時のテンションUPに欠かせませんね!
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- 出版社/メーカー: バンダイビジュアル
- 発売日: 2016/05/27
- メディア: DVD
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さて、ガルパンは茨城県大洗町のまちおこし成功例として語られることが多くあります。街中の描写などが、正確かつ愛に溢れているそうですね。また戦車をテーマにしていることもあり、ミリタリー方面の監修が非常に手厚いことでも知られています。僕はそちらの知識がまったくないのですが、造詣が深い方でも楽しめると評判です。
そこでこの記事。2016年5月6日に、劇場版DVD発売を記念した"ミリタリー生コメンタリー付き上映会"が開催されたことを報せるものです。
記事を読んでからずっと、僕はこのコメントが気になっていたんです。
・大学選抜チームとの試合は、フェリー“さんふらわあ”に乗船して北海道に来ている。
・植物などは、北海道の植生をきちんと意識している。
劇場版の舞台のひとつは北海道です。大洗-苫小牧間を就航しているフェリー「さんふらわあ」が劇中に登場することからも、決戦の舞台が北海道であることが示されています。
実際のところ、植物の描写はどうなっているんでしょう? 届いたDVDを見ながら確認してみました。
そう、我こそはガルパン北海道植生警察おじさんである!
(ちょっと前は北海道淡水魚警察だったくせに…:自然描写が気になって「ゴールデンカムイ」が楽しめない - 紺色のひと)
シーン1.あさがお中隊と樹林
順を追ってみていきましょう。まず、サンダース・知波単を中心として構成されたあさがお中隊が林道を進むシーン。
アリサ車と広葉樹林
白っぽい樹皮の広葉樹がまばらに生え、林床(りんしょう:いわゆる地面に近いところに生える「下草」のこと)には葉の大きな植物が見えます。
この広葉樹はケヤマハンノキでしょうか、そして林床に生えているのはアキタブキです。道内ではいたるところで見ることができる一般的な種で、特にケヤマハンノキやシラカンバは二次林(一度荒地になったところから再び再生した林)でよく見られる、成長の早い樹木です。アキタブキはやや湿ったところに生える植物で、これらと併せて典型的な道内の若い樹林構成と言えるでしょう。オオイタドリ、オオウバユリ、オオヨモギあたりがあっても良かったかも。
なお、このあさがお中隊の行進描写では、樹林の頭上を見上げるようなカットも含まれています。
接敵後、西車とサンダース車両が交戦を開始するシーンも同じような林相ですね。画面左のまだら模様はまさにケヤマハンノキの樹皮、中央のやや細い木はオノエヤナギあたりかもしれません。
「無理な突撃は極力避けるように」
こちらも序盤、たんぽぽ中隊の戦闘を林内からみた画。
湿地での戦闘
手前の細い樹木はシラカンバ。特徴である白い樹皮が表現されています。林床にはアキタブキも見えますね。
ちょっと巻き戻して、あさがお中隊の西さんらが進むシーン。
知波単3両目から西車をのぞむ
これは針葉樹、それも植林された人工林に見えます。一頃林業が盛んだった北海道では、カラマツやトドマツといった針葉樹の植林地をあちこちで見ることができます。スギは道南の一部でしか見ることができず、ヒノキは分布していません。本州以南とは針葉樹の種類がだいぶ異なります。
この画の木立ちを見ると10~20年生の比較的若いカラマツのように見えます。一方、樹皮は白っぽく横向きのまだら模様であり、これはカラマツではなくトドマツの樹皮に特徴的な色ですね。
また針葉樹下にアキタブキが繁茂していますが、道内の針葉樹林林床に多く生える草ではありません。林道沿いという点を加味してもちょっと違和感があります。
シーン2.カールへの突撃
続いて、どんぐり小隊がカール自走臼砲へアタックを敢行するシーンをみてみましょう。せっかくだから、Säkkijärven polkkaをBGMにして。
Säkkijärven polkka
継続高校・ミッコの運転するBT-42
BT-42がササ林をぶっちぎってゆきます。北海道には孟宗竹をはじめとする太い竹が自然分布しておらず、チシマザサ、クマイザサ、ミヤコザサ、スズタケといったササの仲間が広く繁茂しています。ここでのササは葉が白く縁取りされて表現されていますね。
ササ林でスピードを上げるBT-42
wikipedia先生によると、BT-42の全高は2.7mだそうです。スズタケにしては低く、チシマザサかミヤコザサ……にも思えますが、正直なところササ属は変異が大きく、種の同定には分布箇所の情報も欠かせないので、確定できません。画面右上のギザギザの葉っぱはミズナラですね。北海道の広葉樹林を構成する代表的かつ重要な種です。
なお、資料としては「北海道ササ分布図」というのも存在します。その他の情報から試合箇所の特定のお役に立つかわかりませんがリンクを示しておきますね。
北海道ササ分布図,林業試験場北海道支場,1983
※追記※
ガルパンササ研究者おじさんの方から詳しいご指摘がありましたので紹介します。クマイザサでほぼ間違いない、とのことです。
@poplacia
— Cygnus GM@E20 (@Cygnus_games) 2016年5月30日
クマイザザの大きさには地理的変異が大きいのですが、あのあたりは120~150cmほどと記憶しています。概ねサイズ感は一致します。
また丸みのある葉の形状や、隈取り(越冬した葉に見られます)もその特徴をよく捉えていますね。
舞台を糠平(十勝地方)と仮定し、ササの地理的変異にまで触れた考察が素晴らしいですね。
なお糠平というのは、カールが配置されている古い橋のモデル、糠平湖のタウシュベツ川橋梁周辺の地名のことです。*1。
果敢に打って出るどんぐり小隊
この遠景で樹林が見えるシーンでは、広葉樹林に一部濃い緑の高い木が混じっているのがわかりますね。これはトドマツ(もしくはエゾマツ)の高木と考えられ、自然度の高い北海道の広葉樹林でよく見られる状況です。これも実に北海道らしい樹林表現と言えます。
シーン3.高地の草本類
一方、種類がわからなかった植物もあります。アンツィオのCV33が走るシーンや、黒森峰・プラウダ連合のひまわり中隊が高地へ向かうあたりで、高地の草が表現されている部分がそうです。
「外せばいいじゃないッスか、そのウィッグ」「地・毛・だ!」
二〇三高地遠景
手前に紫や黄色の花がぼかして描かれていました。イネ科の植物が生えているのはわかるのですが、花の種類までは同定できませんでした。紫色のはヤナギランかエゾミソハギかもしれない。作中の季節(真夏)を考慮する以前に、同じような花の形・草丈のものがわかりませんでした。
※追記※
id:mongrelP さんより「紫のはレブンソウ(または牧草アルファルファ)、黄色はセンダイハギでは」とご指摘いただきました。
紫色のは花弁が5枚表現されているので、レブンソウなどマメ科の房状の花とは異なって見え、判断できません。センダイハギはかなり近いように思えます。
また、併せてご紹介いただいたwebサイト(北海道の南と北(2))を見ると、宗谷丘陵が高地遠景のモデルとなったであろうことが推察できます。レブンソウは宗谷地方、稚内など道北特有の植物ですから、これも面白い考察ですね。
まとめと総評
ちゃんと「北海道の植生らしさ」が表現されていたな、と面白く視聴できました。「きちんと意識している」とコメントが出るだけあります。針葉樹植林の林床など、細かく見れば首をかしげる部分もあるのですが、描写の限界もあるでしょうし、この背景クオリティの前では些末な部分でしょう。劇場版の背景スタッフのみなさま、本当にお疲れさまでした。素晴らしいお仕事だと思います。
出てきた樹木をまとめてみました。
分類 | 樹種名 | どんな環境か |
---|---|---|
広葉樹 | ケヤマハンノキ | やや湿った土地 |
〃 | オノエヤナギ | 川沿いや湿った土地 |
〃 | シラカンバ | 日当たりのよい土地 |
〃 | ミズナラ | 二次林~自然度の高い樹林 |
針葉樹 | カラマツ | 人工林 |
〃 | トドマツ | 人工林。広葉樹林にも混じる |
一口に「林」「森」と言っても、樹林の構成種で雰囲気は大きく変わります。鬱蒼とした森なのか、木漏れ日のさす明るい林なのか、まばらに木が生えるだけなのか。作中の演出でこういった表現がされているのは、いきもの好きとして嬉しく思います。
一応断っておきますが、僕は「正確でなければいけない」「ここが間違ってる」と言いたいわけじゃありません。「制作者側が『ここも拘ってるんだよ』と言ってたからどんなもんかと見てみたら、実際拘ってた! すごいね!」以上のものではありません。
植物は、その土地土地の雰囲気を形成する重要なものだ、と僕は思っています。背景や細かい描き込みに定評のあるガルパンにおいて、どう扱われているのか、やっぱり気になるじゃありませんか。作品の作り込みのために、その土地のそれっぽい風景をきちんと盛り込むの、いいですよね。
「植生」について
北海道の植物って、日本国内でもなかなかに独特です。
僕は道内の山の中で仕事をしていた時間がなんぼかあったせいもあって、ある程度特徴的な部分はつかめたかと思います。お読みのみなさんが北海道に行かれるとき、例えば新千歳空港で着陸する前や、JRの車窓……窓の外を見てみてください。本州以南とはまた違った雰囲気に気づくと思います。
例えば、北海道を代表するシラカンバ(白樺)は、一度木が伐られて裸になった土地に真っ先に生える種類です。つまりシラカンバだけが生えている林というのは一度開発などのインパクトを受けた後に再生した林であり、それを見て「さすが北海道は自然が豊かだね」というのはちょっと妙な話になるわけです。
植物や樹木は、土地の風景や雰囲気を形づくる底辺の部分を担っています。木が変わればミカさんが乗ってくる風の匂いも変わります。シラカンバの例のように、木の種類からその土地の歴史的な利用について思いをはせることもできます。
「なんか違うな」「知ってる森と何が違うんだろう」など、自然を見るときの新たな視点のひとつになれば嬉しく思います。
おまけ
TV版での聖グロリアーナとの練習試合のシーン、聖グロチームをおびき出そうとするⅣ号を他チームが待っている岩場で、ジュウイチという鳥のさえずりが聞こえています。森林性の鳥なのに岩だらけの地形で聞こえるなんてなー、と思ったのでした。
ジュウイチの鳴き声
参考文献

- 作者: 梅沢俊
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2016.05.30 15:50 総評に追記しました
2016.05.30 20:40 参考文献を追加しました。序盤の広葉樹林のシーンをひとつ追加しました
2016.05.30 21:30 ササに関する指摘をいただいたので追記しました
*1:市町村名でいうと上士幌町。ここを実際に舞台としていると考えれば、決戦の地が糠平周辺であるとも言えるのかもしれませんが、それはまあ置いておいて。