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紺色のひと

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自然描写が気になって「ゴールデンカムイ」が楽しめない

環境

北海道とアイヌ文化と狩猟、いろいろなエッセンスが詰まった「ゴールデンカムイ」、人気ですね。僕にとっても興味のある分野を取り上げた漫画で、面白く読んでいました。ただ、自然の描写……特にカジカについて個人的に非常に気になる点があったので、メモ程度に書き残しておこうと思います。

ゴールデンカムイ 1 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)

ゴールデンカムイ 1 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)


作者:野田さんへのインタビュー記事
konomanga.jp


「ゴールデンカムイ」でのエゾハナカジカ描写

僕が引っかかってしまったのは、ゴールデンカムイ 2 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)第13話「憑き神」で、「エゾハナカジカのキナオハウ(野菜がたくさん入った汁物)」を作る場面での描写でした。ここでは、カジカを捕る漁具と、その食べ方が紹介されています。


カジカを採る漁具として紹介されているラウォマプ(プは小文字、ラウォマプとも)
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実際の写真(第11回平取ダム地域文化保全対策検討会資料より抜粋*1)。本作ではカジカに使われていますが、大きな川ではサケやマスを獲るのにも用いられたとのこと。
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本州でいうところの、いわゆる”どう”(あるいは筌(うけ))ですね。一度入ったら出られない構造になっているタイプのわなです。
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エゾハナカジカの描写、アシリパさんから特徴として挙げられているのは以下の3点です。

  • 寝るときに岸に来る
  • カジカは冷たい水が好きだから冬によく捕れる
  • 冬のカジカは脂が乗っていて美味い

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僕の気になる点というのは、北海道の冬の川でカジカ捕るの大変だよ! というかムリだよ!ということに尽きます。ちょっと解説しますね。


エゾハナカジカと、北海道の淡水カジカについて

「カジカ」というと、海で獲れるカジカを思い浮かべる方のほうが多いかもしれません。日本の淡水にはカジカの仲間が生息(カジカ種群-日本淡水魚学会)しており、2016年現在、北海道では4種(エゾハナカジカ、ハナカジカ、カンキョウカジカ、カジカ(中卵型))の分布が確認されています。このうちエゾハナカジカとハナカジカは分布域が一部重なっているうえ、外部形態も非常によく似通っています。
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胸びれの棘数(軟骨のようなもの)の本数で同定することが可能ですが、実際に棘を触りながら数えていく必要があるので、結構難しいです。
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エゾハナカジカ、ハナカジカともに河川の中上流域に生息し、拳~人頭大の石や岩がごろごろしている川の、石の下や隙間に居ることが多いです。虫や小魚を食べる肉食です。よく似た2種ですが、エゾハナカジカは産卵後稚魚は海に降る両側性回遊魚であるのに対し、ハナカジカは一生を淡水で過ごす純淡水魚です。砂防ダムなど、カジカが上れないような構造物や滝の上流でカジカが捕れたら、それはハナカジカだということになるわけです。なので、両種が同時に分布する川では、エゾハナカジカのほうがより下流側にいるとされています*2
北海道内ではハナカジカのほうが分布が広く、作中でアシリパさんのアイヌコタン(村)があるとされている石狩地方*3では、実はエゾハナカジカではなくハナカジカの優占域とされています。とはいえ、同河川で混じることもあること、作中当時の分布状況が不明であること*4、アイヌの人々が現代の分類におけるハナカジカとエゾハナカジカを区分していたかは不明であることから、種別の話はここでは取り上げません。
実際、アイヌと自然デジタル図鑑によれば、アイヌ語では「川にすむカジカ」としてポンチマカニ、エゾッカという呼び方があるものの、それ以上の詳しい分類があったかは読み取れません。

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北海道レッドデータブック:ハナカジカおよびエゾハナカジカを参照。
なお、本図の分布範囲はあくまで参考であり、実際は赤で示されている箇所以外でも分布が確認されています。僕も赤以外でエゾハナカジカを何度も捕ったことがあります。


ところで、北海道の冬の川って、すっごく冷たいんですよ。

大きい川だと両側から凍って上をキツネとかが歩いたりするし、
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冬に川の中を歩くと、凍った水面がすねにゴツンゴツンあたってきて痛いし。
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小さい川だと岸からの雪に埋まって見えなくなったりもします。水温は表層で0度近くまで下がりますし、水底でも4度とか。例外的に、湧き水がたくさんあるような川だと水温変動が小さいので、冬は相対的に温かくなります。それでも7~8度とかです。
そういうとき、魚がどうしているかというと、越冬しているんです。ヤマメやウグイなどの遊泳魚は岸寄りの水草や窪みでじっとしているし、カジカやハゼの仲間のような底生魚は石の下でじっとしています。水温が低いので活性が下がり、積極的に動き回ることはありません。

そういう冬に魚を捕ろうと思ったら、石をひっくり返して網に追い込むとか、エレクトロフィッシャーといった水中に電気を流す漁具で麻痺させて浮かせるとか、積極的な動きが必要になります。実際、雪と氷をかき分けて網を押さえつつ電気を流すも浮いて来ず、足で石をひっくり返して石の下で麻痺したカジカを網に追い込流し込んだり、冬に魚を捕るのって本当に大変です。
僕からすれば、そんな冬のカジカをわなで捕るのって、ほぼムリなんですよね。

カジカの「冷たい水が好き」というのは、「水温がぬるい中下流部の環境よりも上流の冷水環境を好む」という話であって「水が冷たい冬によく捕れる」ではない、と僕は思います。

一応、北国の川や山を10年程度うろうろした僕のつたない経験ではありますが、違和感がありました。

冬のカジカの食文化

ところで、「冬のカジカは脂がのっていて美味い」という描写には、一定の説得力もあります。前述の理由で北海道で真冬にカジカを採るのはすごく難しいですが、本州――つまり和人は、冬にカジカを食べていたからです。

例えば、佐藤垢石による「冬の鰍」という作品。
佐藤垢石 冬の鰍

冬の美味といわれるもののうち鰍の右に出るものはなかろう。
(中略)
川の水温と鰍は密接な関係を持っている。北風に落葉が渦巻いて、鶺鴒せきれいの足跡が玉石に凍るようになれば、谷川の水は指先を切るほど冷たくなる。その頃、鰍押しの網で漁とったものならば、ほんとうの至味という。また、早春奥山の雪解けて、里川の薄の雪代水が河原を洗う時、遡のぼり※(「竹かんむり/奴」)どで漁った鰍も決して悪くない。鱒も山女魚も鮎も同じであるが、冷たい水に棲んでいるものほど、頭と骨がやわらかい。殊に鰍は冬が来ると、こまやかな脂が肉に乗って骨がもろく、川魚特有の淡泊な風味のうちに、舌端に溶けるうま味を添えてくる。

「冬のカジカはうまい」と言ってますね。
また、日本の川に関するエッセイの第一人者、野田知佑氏による「On the way」(カヌーライフ6号「特集 北の原野へ」)では、

カジカは冬が一番大きくて脂がのって美味い。冬、酒飲みは凍った川に入って氷を割り、石を持ち上げ、その下で越冬しているカジカを掴んで捕る。冷たい水でかじかんだ手を時々股間に入れて暖めつつ、漁をするのが作法だそうだ。金冷法にもなる、と一人の男は真面目な顔をして言った。

という描写があります。これは新潟での話。

ちなみに、僕は本州やまがた県で川のカジカを食べたことがあります、というか毎年のように食べていました。主に魚捕りをしていた夏から秋にかけてで、冬には捕って食べたことがありません。素焼きにして醤油をかけてかじると美味しいです。
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邪推を含めた描写分析

ここからは完全に邪推になります。
僕は、北海道でアイヌの方が「冬にカジカを捕っていた」という記録を知りません。自分で捕るのはムリだな、と感じたのでここまで書いてみました。実際に「冬に捕った」という記録なりがあるのなら、知りませんでしたごめんなさい、と言います。
ただ、この描写に関しては、「アイヌが川でラウォマプを用いてカジカを捕った」という記録を、冬の舞台にただ当てはめただけなのではないかな? と感じています。なぜなら、他にも冬であればこうはいかない、という描写が作品内にあるからです。

それが3巻22話「伝説の羆撃ち」にみられる、サルナシの蔓から水を吸う描写です。
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「サルナシは水を多く吸い上げるため、樹勢の強い時期に蔓を切ると水がしたたり落ち、飲み物になる」というのはよく知られた話です。でもこれもカジカの話と同じで、”樹勢の強い時期”なんですよね。僕自身がサルナシを冬に切ったことはありませんが、一般的に樹木は冬は休眠期であり、根からの水の吸い上げを抑えています。幹にあまり多くの水を含んでいると、凍結して幹が割けたりするためです(凍裂と言います)。
なので、舞台の真冬に山でサルナシの蔓を切っても、こんなふうにポタポタと垂れるとは考えにくく、「季節的な検証をせずに舞台に組み込んでしまったのかな…」と感じてしまうのです。

アイヌ豆知識的な部分も多く含まれる本作ですが、作者の野田氏と同じく北海道出身の僕にとっては、やや鼻に付くように感じてしまったところもあり、だんだん楽しめなくなってしまいました。

勝手な危惧

人気作品で得た知識を、さも知ったふうに語る層って少なくありません。僕が興味のある獣害分野でいえば、「羆嵐に書いてあったが、ヒグマは人の肉の味を覚えると~~危険な動物で~~」といったような言い方です。
「ゴールデンカムイ」は、最近の人気漫画の中で、アイヌ文化を紹介しつつ積極的に取り上げています。同じく文化に興味のあるものとして喜ばしいことです。一方で、「ゴールデンカムイで読んだんだけど、アイヌ文化では~」というふうに語る層が出てくるだろうな、というのも容易に想像されて、ちょっと憂鬱です。漫画作品を切り口に、したり顔で語らず、ぜひさらに興味を持って調べてくれるといいなー、とか思うのです。

さいごに

webで、特定の専門知識層からツッコミが入れられることを皮肉って「○○警察」と呼んだりしますが、僕のこれを自虐的に言うなら、さしずめ北海道淡水魚警察*5とでもなるのでしょうか。
別に、揚げ足取りとか重箱の隅つつきがしたいわけじゃないんです。「ゴールデンカムイ」は漫画作品として面白い、けれど僕は前述した理由で楽しめなくなってしまった、というだけの話なのです。

道内に住んだことがある方なら実感できると思いますが、アイヌ文化の関連資料ってとても多いんです。本屋さんや図書館にも多くの本があり、聞き書きや音声・映像資料を含めると膨大です。
製作側がすごく綿密に取材されたり、資料を集めておられるのは強く伝わってきます。資料の多さ、衣食住や儀礼、道具、言語などジャンルの多様さ、しかも地域差がある……という、調べる側には泥沼のような分野とも言えるんです。それらに漫画というフィルタを通してわかりやすく仕上げているというの、とてもすごいことだと思います。

リアリティが作品に面白さや説得力を添えているという前提に立つなら、このカジカの例は、僕にとってリアルさが大きく欠けた描写でした。せっかく北海道のことを取り上げて、寒さの厳しさも大きな舞台装置として機能させているなら、「冬に生きものがどうなるか」も含めて使っていただけると、よりリアルなものになるのかな、と感じたりしたのでした。
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*1:平取ダムの建設に関する地域文化調査について、アイヌ文化環境保全研究室が調べた資料。

*2:実際は混じって分布する域がかなり広いので、川の環境によると言えます

*3:舞台となっている小樽からそう遠くなさそうなので。僕はコミックス4巻までしか読んでいないので、その後集落の位置について記述があったらごめんなさい。

*4:レッドデータブックの地図は、あくまで現代における分布を示したものであるため

*5:北海道の内水面は本州のそれとかなり異なっており、「淡水魚警察」だと本州のほうから逆にツッコミが入る

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