紺色のひと

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寮私小説『モーニングスター』6.別れの歌がうたえない

ああ、きっと、目まぐるしく続くこの生活は、何かに気付いたときにはもう終わりを迎えているのだろうな。



映像を伴った強烈な記憶がある。卒業を前にした、十一月頃のことだったと思う。
僕たちは、近所のスーパーに買い物に出かけたのだ。四人揃って、自転車を押して。



僕は江国に声をかけ、ウィンドブレーカーを羽織った。物音を聞きつけてか藤沢も小花も合流し、結局買い物には四人揃って出ることになった。
外はまだ明るくて、今が十一月だということを忘れてしまいそうなくらいの光に満ちていた。クランクを抜けて旧国道まで出ると、夕方の西日が一層強く僕たちの背中を照らした。そのとき、僕は三人の写真を撮ったのだ。そうするのが当たり前だとそのときに思った――のかは覚えていないけれど、休日の夕方の、あまりに日常然としていたその一瞬がなんだか哀しく思えて、自転車を押す江国、ふざける小花、笑う藤沢を画角に収めた。


卒業論文の提出に向けて慌しくなり、以前のように四人で寮食を食べることは少なくなっていた。それぞれの進路もほぼ決まり、この町で過ごす同じ季節は二度と来ないという実感だけが僕を毎夜襲っていた。
いい加減に終わりを意識しないわけにはいかなかった。だからと言って今日一日を大切に生きよう、なんて白々しいことを考えたりはしていなかったけれど、ふいに今が取り戻せないことを悔やむくらい満ち足りていることを自覚する瞬間が増えていた。
この土地では、雨が雪に変わるのが冬の始まる合図だった。たかだか三年しか住んでいないのに、窓越しに伝わる冷たい空気はいつも、秋の終わりと冬の始まりを僕に教えてくれた。



「さよなら!」
僕は誰にも聞こえないように、そっと口にした。そんな言葉をこれから何度使えばいいんだろうと思った。
小花の押す自転車のブレーキが軋む音がした。買い物かごに入ったビニールが揺れてがさがさと音がした。振り返ると、眩しい光の中で三人が逆光に顔をしかめていて、それで僕は自分が夕日を背負っていることに気づいた。僕は立ち止まり、三人が僕に追い付き、そして追い越すのを待って、少しだけ距離を空けて歩き始めた。
僕たちは旧国道から一本脇に入り、左手の小さな社にちらりと目をやり、クランクを曲がった。クランクを抜けて畳屋のおじいさんに頭を下げ、顔を上げるとそこにはいつものように寮はあった。さっきまでその中にいたはずなのに、まさにいつものように寮はあったのだ。
「今このときをいつか思い出すとしたら、そのときおれはどこでどんな暮らしをしているのだろう」と僕は考え、彼らに続いて玄関へと向かった。






読了多謝!


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