紺色のひと

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サケで人生を語れ! 紅鮭マンガ「CRIMSONS」がアツい!

人間は、自分以外のものに人生を重ねて語らずにはいられません。大海原の航海、独りきりの旅路、立ち寄った飲み屋での邂逅、様々な生き物たち…。その想いを重ねられた幾多の事象の中で光る銀鱗、それがサケです。ベニザケの生き様を通じて、生きるとは何か、命とは何かについて語り始めたマンガ「CRIMSONS 紅き航海者たち」を紹介します。


内容を簡単に紹介します

CRIMSONS 紅き航海者たち 1 (少年サンデーコミックス)

CRIMSONS 紅き航海者たち 1 (少年サンデーコミックス)

本作品「CRIMSONS(クリムゾンズ) 紅き航海者たち」は、少年サンデー超で連載中のマンガです。先日、単行本一巻が上梓されたばかりです。コミックナタリーでは作品を

「CRIMSONS 紅き航海者たち」は、海を旅する紅鮭を主役にした冒険活劇。住み慣れた湖から外界へと出発した紅鮭たちに襲いかかる数々の苦難を描いており、コメディタッチとリアルタッチで描き分けられる感情豊かな鮭たちのドラマは、ヒューマンドラマ顔負けの迫力だ。
ギョギョ!前代未聞の紅鮭マンガ「CRIMSONS」1巻発売

と紹介しています。
少しだけ、同コミックスから内容を引用してみましょう。


物語は、北方領土の択捉島、ウルモベツ湖から始まります。
ベニザケ(ヒメマス)の少年シンタロウとその仲間は、先輩サケに餌場を占領され、満足に食べることもできないでいました。
湖の古老によると、ベニザケは本来「世界」を旅する生き物……。自由と食べ物を求め、彼等は生まれた湖を出てゆく決意を固めます。


湖から流れ出る急流が「世界」へ通ずる出口だと信じた彼等の冒険が、今ここに幕を開けました!



旅路の途中では、仲間割れや外敵との遭遇、見えない壁との戦いなど、幾多の困難が彼等を待ち受けています。

彼等は「世界」へ辿り着けるのか、そしてその先に広がる生活は、命との邂逅は…!? 王道少年漫画らしく、困難に立ち向かう彼等の描写がとてもさわやかで印象的なマンガです。


また、語り部としてベニザケに食べられるミジンコさんが頻出したり、


ベニザケの生態をそっと教えくれる海洋大学の教授と、カナダ人留学生クリスとのやり取りにも注目です。

択捉に調査旅行に行けるなんてうらやましーなー…


早く来い、二巻!




なぜサケか!? ベニザケの生態と人生

ベニザケを含むサケの生活史は、「母川回帰」という言葉で顕されます。生まれた川から海へ降り、北太平洋を回遊して、自分の生まれた母なる川へ再び戻ってくる。上流へと遡り、力を振り絞って産卵し、そこで息絶える……。この、サケたちの命を巡る環に、昔から人間は自らの生を重ね合わせてきたのでしょう。
本作が発表されるまで、サケの一生をテーマにしたマンガ作品は、サケ科好きかつ川ボーイを自称する僕も存じませんでした。そもそも、魚の擬人化って難しいし。


ということで、この「CRIMSONS」をさらに楽しく読んでいただける一助となればと思い、僕のサケに対する思いと、サケの生活環について簡単に解説することにしました。
サケの仲間は、古くから人間と関わりのあった魚です。そのおかげで、孵化増殖事業や漁業、消費などの分野では研究が進んでいます。もちろん分からないこともまだまだ多いのですが、謎の多い水生生物の中では情報が比較的手に入りやすいと言えるでしょう。

ベニザケという種について

まずは、ベニザケという魚についてみてみましょう。

ベニザケはその名の通り産卵期に体が真っ赤に染まり、英名でもレッド・サーモンと言います。

(写真の引用は主な放流魚種 ベニザケ−独立行政法人 水産総合研究センター 北海道区水産研究所より)


ベニザケは北米の太平洋側とカムチャッカ半島のオホーツク海沿岸の河川に分布しています。おや? とお思いの方もいるかもしれません、ベニザケは日本には分布していないのですね。

(図の引用は【pdf】サケ科魚類のプロファイル ベニザケ−さけ・ます資源管理センターニュース No.7 2001年9月より)


……と言うとちょっと正確ではないのです、ごめんなさい。劇中の教授も説明しているように、ベニザケは生まれてから、育った湖に残るもの(残留型・陸封型)と海へと降るもの(降海型)に分かれ、前者の陸封型をヒメマス、後者の降海型をベニザケと呼ぶのです。日本では、北海道の一部の湖にヒメマスが自然分布しているのみ*1です。
なお、この「CRIMSONS」の舞台のはじまりの地、択捉島のウルモベツ湖は、降海するベニザケが生息する南限の地とのことです。参考:択捉島ウルモベツ産紅鱒の降海期の幼魚に就いて−北海道さけ・ますふ化場研究報告


ちなみに、ベニザケ/ヒメマスは学名をOncorhynchus nerka(オンコリンクス・ネルカ)といい、昨年12月にさかなクンが再発見した絶滅種・クニマス学名はOncorhynchus nerka kawamurae)と非常に近い仲間です。


ベニザケの生活史

ヒメマスとの関わりに触れたついでに、サケ科魚類の一生を簡単に見てみましょう。ベニザケについてのよい資料が見つからなかったので、ここは代わりにシロザケのものを紹介します。


(図はマルハニチロホールディングスが運営しているサーモンミュージアム サケのバーチャル博物館から引用させて頂きました)


シロザケの稚魚が孵化したその年にすぐ海へと降るのに対し、ベニザケは孵化後1〜3年を湖沼で生活し、海へと降ります*2ベーリング海および北太平洋を回遊し、海洋で2〜3年生活した後、再び生まれた川へと帰ってきます。サケの種類によって、この母川回帰の正確さ――つまり生まれた川そのものに帰ってくるのか、近所の川くらいなのか――は異なるのですが、ベニザケはその回帰性が他のサケに比べ正確であることが知られているとのことです。


マンガ内での描写

僕が本作品「CRIMSONS」で良いなと思った点は、サケの生態と「稚魚の成長」をリンクさせて描いているところです。「サケで人生を語る」にあたり、これら生態描写はサケて通れません。
陸封個体がいる中で降海を選ぶという選択、環境の変化による生きる厳しさ、外敵との戦い、スモルト(銀毛)化と海水への適応など、サケ科魚類特有の生態(もちろん特有でないものも)や魚類の生活独特の描写を通じて、一魚(ひとり)の少年の成長物語を構成している点に好感が持てます。
例えば、サケ科魚類の中でもベニザケは鰓耙数が多いことで知られており、水生昆虫や落下昆虫が主な食物であるイワナやヤマメと違って、主たる食物は水中のプランクトンです。このあたりの描写の細かさは、監修の奥山氏の力と、それを具現化する菅野さんの力と言えるでしょう。
実は、一部「あれ、ここおかしくない?」と思うところもあるにはあった(モクズガニは植物食なのに水生昆虫捕まえて食べてる…とか)のですが、その点は巻末のあとがきで理由とともに補足してあり、より好感度が増しました。


余談ですが、監修の奥山文弥氏の著作「サケ・マス魚類のわかる本 (ヤマケイFF“CLASS”シリーズ)」は、高校時代の僕の愛読書でした。こんなところで名前を見ることになるとは…。


「紺色のひと」は本作品を応援しています

ということで、このサケ漫画「CRIMSONS 紅き航海者たち」、今後も大変期待しております。
これまで本ブログでは、作者アサイがいかにサケ好きであるか、などを折に触れて書いてきました。作者の菅野孝典さんは僕と同年代だということもあり、なんだか仲間を見つけたようで、勝手に喜んでいるのです。
最後に、本ブログのサケ関連記事をいくつか紹介して、エントリの〆とさせていただきます。


萌えるサケ科魚類、日本初の擬人化に成功(してた)

北海道札幌市を流れる豊平川、そのほとりにある「豊平川さけ科学館」のマスコットキャラクター「リンカちゃん」は、なんとシロザケの萌キャラ! リンカちゃんの魅力を全力で分析したエントリ。


秋だ!川ガールだ!サケと一緒に遡上ダイエット

川ガール「みなもちゃん」が、川にまつわるダイエットを考案! サケを追って川を歩くだけでヤセられる!?


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秋に北海道の川で見られる、産卵を終えてボロボロになったサケ、通称「ホッチャレ」。彼等の死骸を通じて、僕が川と「遡上」という言葉に固執する意味を考えてみた。「別冊紺色のひと 特集:川ボーイ A to Z」と併せてどうぞ。


サケ科魚類オタが非オタの彼女に国産サケを軽く紹介するための10種

アニオタが非オタの彼女にアニメ世界を軽く紹介するための10本 」というエントリに派生して、各オタクが非オタの彼女にその分野を軽く紹介する、という名目で改変が多く行われた。僕が作成したサケ科魚類版。

*1:現在は放流され、ヒメマスが北海道各地の湖に広がっているほか、一部の河川ではベニザケの遡上も見られるようになっています。

*2:一部では孵化後すぐに海へと降る個体群も存在するとのことです。