紺色のひと

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熊森協会の「ツキノワグマは絶滅寸前」って本当なの?

日本熊森協会はクマ(ツキノワグマ)を中心とした保護活動を手がけています。協会の主張のひとつである「動物たちの生息地である奥山を復元しよう」には、「クマは絶滅寸前なのに殺されている保護すべき存在」という認識が見て取れます。
でも、本当にクマは減っているのでしょうか? 環境省および兵庫県の報告から、クマの推定生息数を調べてみましょう。

三行でまとめてみた

  • 環境省によると、全国のツキノワグマは「少なくとも減っていないのは確実」
  • 兵庫県では増加しているうえ、栄養状態もいいよ
  • 科学的な検証に基づき出された数字を根拠なく否定する熊森さんの姿勢ってどうなの?

そもそも野生動物の数をどうやって数えるの?

野生動物の正確な個体数を調べるのは非常に困難です。山は広く、調査で入れる人員も限られているため、「全ての個体を数えて確認する」ことが実質的に不可能なためです。このため、野生動物の個体数を知るには、いくつかのパラメータを元に「実際の個体数を計算して推定する」のが一般的です。もちろん、算出された個体数にはばらつきが生じるのですが、だから不正確だ・信用できないというものではなく、「幅はあるけれど、少なくともこのくらい、最大でもこのくらいの数はいるだろう」という、ある程度信頼のおける数字になる計算方法がいくつか確立されています。
以下で紹介するふたつの推定個体数は、いずれも「階層ベイズ法」という手法を用いた個体数の推定を行ったものです。
→参考:生態系機能学総論「階層ベイズモデル」資料(北海道大学):pdf


環境省による【ツキノワグマの全国的な個体数推定】

まず、環境省の調査「特定哺乳類生息状況調査報告書 」を開いてみましょう。
この報告書は平成23年2月に発表されたものです。報告書(pdf)の49ページから、ツキノワグマの個体数推定について述べられています。
算出にあたっては、1999〜2008年における全国の「捕獲個体数(狩猟数+許可捕獲数)」の数字を用いています。


06年の大量出没時には4,500頭が捕獲されていますが、それ以外の年は1,000〜2,500頭で推移していますね。


個体数推定の結果、2000年以降の全国のツキノワグマ個体数はおよそ15,000頭であると算出されました。

推定の結果、1999年度に中央値 14,500頭(90%信用区間:4,300-86,500)であった個体数は徐々に増加して 2006年度には最大の16,100頭(5,800-92,400)となった。 2006年度の大量捕獲により 2007年度の個体数は減少したが、2008年度には再び増加して14,159頭(3,565-95,112)となった(図 2-1-2-3)。



2006年は大量出没が発生した年であり、出没増加に伴って捕殺数が増えたため、個体数が減少しています。


まとめ部分を引用すると、以下となります。

  • 都府県等による推定個体数を集計した全国の推定個体数(2000 以降の調査)
    • 12,297-19,096 頭 (中央値 15,685 頭)(本州と四国の分布域の 84%)
  • 階層ベイズ法による推定(2008 年度値、90%信用区間)
    • 自然増加率の事前分布が広い(0.776-1.620):3,565-95,112 頭 (中央値 14,159 頭)
    • 自然増加率の事前分布が狭い(1.101-1.300):5,376-87,229 頭 (中央値 16,146 頭)


個体数推定の不確かさについても触れられていて、「この90%信用区間の不確実性は非常に大きく、今後新たなデータが得られたときには推定値は大きく更新される可能性がある」が、「自然増加率の事後分布は、事前分布と比較すると 1 未満の範囲の確率が大きく低下した。これは、捕獲数の時間変化のデータからは、ツキノワグマが自然に減少していることはまずあり得ないということを意味している」とあります。

「自然増加率」とは、生き物の出生率と死亡率の差のことで、数字が1より大きければ以前より増え、小さければ減少していることを示すものです。
ツキノワグマの自然増加率をみると、


「事後分布」の部分について1未満の範囲が低下していますね。この報告書では、「捕獲数の時間変化のデータからは、ツキノワグマが自然に減少していることはまずあり得ない」としています。



兵庫県の研究機関による【兵庫県内のツキノワグマの個体数推定】

続いて、熊森協会のお膝元・兵庫県においてはどうでしょう。兵庫県森林動物研究センターが2011年3月に発行した「兵庫県におけるツキノワグマの保護管理の現状と課題(兵庫ワイルドライフモノグラフ3号)」から、ツキノワグマの生息動向と個体数推定についてみてみましょう。
本モノグラフはこちら(pdf:64MB)から全文ダウンロードできます。


本報告は、大量出没のあった2010年のデータを含めて個体数を算出しています。26ページからの「第3章 ツキノワグマの生息動向と個体数の推定」から結果を抜粋・要約し、以下に示しました。

  • 自然増加率は約20%であり、順調に増加している
  • 個体群が健全な状態であることは、栄養状態等の調査からも裏づけられている
  • 推定個体数は約650頭程度(中央値)
  • 90%信頼限界の下限の値を見ても減少と推定される年は少なく、その減少幅も少ないため、秋の重要な食物である堅果類が凶作の年においても兵庫県ツキノワグマが減少している可能性は非常に低いと推察できる。


とあり、県版レッドリスト「県内で絶滅の危機に瀕している」とされるAランクに指定されている「県内で絶滅の危機が増大している」とされるBランクに指定されている兵庫県内において、ツキノワグマの個体数は増加傾向にあると推察されていることがわかります。
兵庫県レッドリストにおいて、ツキノワグマの指定がBランクに変更された、と教えていただきました。
2011年8月26日付けでレッドリストが見直され、兵庫県内でツキノワグマは増加し、絶滅の危機に瀕している状況ではない、とされています。

(理由)2003年以降、目撃情報は兵庫県北部を中心に広域で得られている。また、森林動物研究センターが個体数を推定した結果、個体数は増加してきていることが明らかとなり、絶滅の危機に瀕している状況ではない。
(推定頭数:2003年 約100頭 → 2010年 約650頭)

県内の推定個体数が増加した、という前述の県森林動物研究センターの調査結果を受けての変更と思われます。




これら科学的調査に対する熊森協会の反応と、「科学」に対する姿勢

上記の兵庫県森林動物研究センターは、2011年2月に本報告内容をシンポジウム内で発表しました。熊森協会の会長さまや会員さんも会場に訪れ、発表を聞いていたとのことで、後日協会公式ブログ「くまもりNews」に感想記事があがっていました。

この発表を兵庫県のクマたちが聞いたら、殺されていくクマたちの苦しみがかくもわからぬのかと、号泣するだろうと感じました。研究者たちの発表は、わたしたち熊森が奥山を歩き続けて感じている動物たちの生息環境が大荒廃して生き残れないという危機的な状況と180度反対で、ミステリーそのものでした。
発表者たちが具体的にどういう手法でこのような結論を出されたのか、質問したいことが山のようにいっぱい出ましたが、質問は質問用紙に書かれたものから当局が選択したものだけに限られていたので挙手する場がありませんでした。
熊森見解と全く正反対だった兵庫県立大学の研究者たちの発表−くまもりNews(旧題「唖然とした兵庫県立大学の研究者たちの発表」)より引用


「クマたちが聞いたら号泣するだろう」「わたしたちが感じている状況と180度反対」など、熊森さんにとって驚きの研究結果だったことがよく現れています。しかし2011年9月現在、この研究結果に対し、熊森協会から「これら研究結果は誤りだ!」などと反論するデータはまったく発表されていません。
代わりと言ってはなんですが、「野生動物に手を付ける学術研究はやめるべき」という記事の中で、

人体実験なら許されないことでも、相手が野生動物なら許されるという最近の若い研究者たちの発想の裏には、野生動物達への蔑視がある。このような考えがある限り、共存になど成功しないだろう。

という、野生動物の調査研究に携わる「研究者」を揶揄するような表現が見て取れました。


また、「元来、野生鳥獣との共存に科学者など不要」という記事では

自然生態系は複雑すぎて、人間には永久にわからないことでいっぱい。元々数字やグラフで表すことなど不可能な世界
(中略)
クマたちがしゃべれたら、研究者や業者に、きっとこう叫ぶでしょう。「捕まえないで。解剖研究の対象にしないで。わたしたちに、もう今後一切手を触れないで!体に化学物質を注入するのはやめて!生息地の森を返してほしい。あとはそっとしておいて」子供たちは人間であっても心が澄んでいるから、きっとみんな動物たちの叫びがわかってくれることでしょう。

と、科学的な調査や検証そのものを否定するような姿勢を顕わにしています。



仮にも「生き物を守ろう、生き物の住処をよりよくしよう」と大々的に活動している方々がこのような意識を持っていることを、僕は心底残念に思います。
本当に生き物のことを心から思うのであれば、いかに効果的に、より多くの生き物たちのためになる行動ができるかを考えるべきでしょう。科学とはそのための方法論なのに、「科学者は心が冷たい」と言わんばかりのレッテルを貼り付け、根拠に基づいた検証を「クマの気持ちになっていない」と根拠も示さず感情で否定する――こんな姿勢で、本当にクマのためになる行動ができるのか、僕は疑問でなりません。


生き物のためを思って活動するひとは、生き物を大切に思う心を持っていて欲しい、と僕は思います。「人間には優しくしないけれど、人間以外の生き物には万感の愛を!」と主張する方がいたとしたら、その方の「愛」は疑わしいか、あるいは自己愛に満ちているか、のどちらかでしょう。



11.09.22 23:45 兵庫県内のツキノワグマレッドリスト指定が、8月26日付けでAランクからBランクに変更されていたと教えていただき、修正しました。→報道発表資料
11.09.23 9:30 クマ捕獲数が「100-4500」頭で推移した、は「1000-4500」頭の誤りでした。修正しました。