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紺色のひと

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熊森協会の科学観と「奥山保全・復元学会」の閉会

環境 ニセ科学


日本熊森協会の森山まり子会長が学会会長を務める「日本奥山保全・復元学会」が閉会してしまいました。この学会についての流れを追いつつ、僕が熊森協会に期待していたこととか、協会の科学に対する向き合い方で問題があると感じたことについて、つらつらと思うところを書いてみます。


この記事は2012年2月に書いたものですが、2012年9月、「奥山保全・復元学会」が閉会した後、なんと「日本奥山学会」が新たに設立されました。一部追記してあります。



「学会閉会」について

まずは経緯を簡単に説明します。
僕が気づいたのは2012年2月20日の夜のことでした。

当学会は、2011年に閉会しました。
日本奥山保全・復元学会
日本奥山保全・復元学会 (同Web魚拓)



いつからこの状態になっていたのかはわかりませんが、wikipediaの当該ページが同日14時の時点で編集されており、編集された方がその時点以前に閉会を確認したと思われること*1、またGoogleのWebキャッシュには2月14日時点で「閉会しました」とする元のページが残っていることから、14日以前に閉会がWeb上で告知されたことがわかります。
それ以外に読み取れるのは、文字通りこの学会が閉会したこと、それが2011年の時点で決まっていたこと、です。また今のところ、閉会が当該Webページ以外では公開されていないようです。あ、僕が知らないだけかもしれませんが。


学会の設立とこれまでの活動


続いて、この「日本奥山保全・復元学会」について、成立の経緯やこれまでの活動をみてみましょう。
……と言いたいところですが、本学会はこれまで目立った活動をしておらず、唯一の情報源であったWebページも現在見られない状態なので、ここは前述のwikipedia:日本奥山保全・復元学会にお世話になります。*2



学会の設立

当学会の成立は2010年2月27日。
同年4月10日には設立総会が開催され、新聞記事にもなりました。 引用記事はこちらこちらも。


学会の目的

学会の目的は「『奥山保全・復元』を学際的に研究する新領域のための情報交換、出版物の刊行など」だそうで、同年5月に行われた熊森協会の総会では「熊森の活動の説得力の付与」という点にも触れられていたようです。
(参考:日本熊森協会岐阜地区 日本熊森協会総会及び支部長会の議事録(2010年5月)より。現在は当該記事が削除されリンク切れだが、魚拓で内容を確認することができる。)
また、学会の運営本部は熊森協会内に置かれており、会長や理事、発起人、顧問の方々は熊森協会の方で構成されています。中身は同じ、と言っても差し支えはないでしょう。



これまでの活動

で、これまでの活動なんですが、




……特にない、んですよね。



学会誌を出したり、論文を募集したり、研究発表会をやったり、という学術的な活動をやった形跡が全く見られないのです。
いえ、もちろん表面的に出てこないだけで、論文にならないデータがあったりするのかもしれませんが、それも閉会してしまった今は無駄な詮索でしょう。


タイミング的に不幸でもあったと思います。2011年3月19日に開催が予定されていた学会は、震災後の交通混乱のため中止されました。
本当にやむを得ない事情でしょう。準備をなさっていた方は大変苦労されたと思います。


周囲の反応は

僕は当学会の設立当初、熊森協会に纏わる諸問題にあまりコミットしていなかったのですが、以前から協会の活動に疑問を持たれていたブログ「ならなしとり」さんでは、当時いち早くこの学会設立を取り上げ、 「学問的裏付けがあるかのように見せるために学会を作ってきた」のではないか、とコメントしています。

熊森が学会をつくったようです−ならなしとり




「学問的な裏づけがあるかのように見せる」というのは、「権威付け」とも捉えられます。つまり、協会に都合のよい研究結果を出し、「○○学会にて論文が発表されている」とか「○○学会のナントカ先生によれば」のように、学術的権威によるお墨付きを持たせようとする動きではないか、というものです。同じ意見はtwitterや個人ブログなどでも目にします。総会で「説得力の付与」という目的が挙げられていたこともあり、僕も学会に「権威付け」の側面はあったのではないかと推測しています。


また、同内容の指摘は、熊森協会の内部告発ブログ「熊森活動備忘録」にて、当学会の設立に深く関わったとされる人物からも告白されています。

最終的に、森山の意向をそのまま汲む形で、熊森本部の中心人物+αを発起人に据え、2月に大阪梅田の「関西文化サロン」にて発起人会を行った。この時点で、「学会」の方向性は森山の権威づけのための傀儡として決定的となったと言っていい。同じことは、(特非)奥山保全トラストにも言える。それは、理事の人的構成を見ても明白である。

熊森活動備忘録(ログ)「備忘録11 学会設立」より引用


「閉会」という決定で僕が思ったこと

「どうしてこうなった」かはわからない

さて、ここまで、学会の設立や中身について見てきました。
が、実際のところ、本当に権威付けのためなのかとか、どうして閉会したのかとか、そういう事情はやっぱりわからないわけです。

協会の中でどのような意見があったのか、どのようなプロセスを経てwebや公式見解が表出されているのか、僕には知るよしもありません。
学会の閉会だって、熊森協会会長であり学会会長・発起人でもある森山まり子氏の独断なのか、協会内や学会の理事会などで議論の末にやむなく閉会を決議したのか、僕にはわかりません。
上記の権威付け云々について、僕にも思うところはあるのですが、ここであれこれと邪推したり掘り下げたりはしないでおきます。




閉会という決断は、科学との決別では?

ただ、今回のこの決定から、僕はこんなふうに感じました。
熊森協会は、学術団体という立場を捨てたのだ、と。




学会の閉会とはすなわち、獣害問題や大型哺乳類の保全、ひいては人工林の復元や森林の保全という問題に対し、学術的な努力を――科学的な手法を用いて、万人に納得のゆく説明をしようとする努力を放棄したことに他ならない、と僕は思います。
もし未発表のデータがあったのなら、これから発表すればよかったじゃありませんか。総会を延期したって、こつこつ調査してデータを集めて、それから論文を書けばよかったじゃありませんか。
今のところ、そういう努力をしているようには、残念ながら見えないわけです。おまけにせっかく「学術団体」という立場を持ちながら、何の活動もしないままに、学術的な検証の場を放り出してしまった


たとえどんな理由があったとしても、学術団体を立ち上げておいて、一度も研究発表や活動報告を行うことなく、学会誌を公開することもなく、何も活動しないままに閉会した、という事実が残ってしまったのです。

これは自らの主張の信用を失墜させる、非常に残念な決定だと思います。この学会閉会という決定は、熊森協会が科学と決別する、という表明と受け取るのは大げさでしょうか?
いずれにせよ、僕は深く失望しています。





今後、熊森協会は自らの主張をどう扱うのでしょうか。
もう、科学的な話はできません。というより、対外的には信用されなくなってしまうでしょう。熊森協会という組織は科学的な検証を行わない、と判断されるようなことをしてしまったからです。 *3
もし、「奥山保全・復元学会」という名前を、例えばそうですね、短くまとめて「奥山学会」とかに変えて再出発だ、みたいなことをするのであれば、僕はさすがに笑ってしまいます。



----2012年9月17日追記----


皮肉のつもりで書いたことが予言のように当たってしまい、大変がっかりしています。


奥山研究者の発掘と育成をめざした日本奥山学会が第1回研究発表会を持ちました−くまもりNEWS (※同web魚拓

今年8月26日、元広島大学教授西川節行先生のご指導を受け、奥山における生物大量消滅の原因究明や奥山再生方法の研究に取り組む研究者の発掘・育成をめざして設立した日本奥山学会が、大学の教室を借りて、第1回の研究発表会を持ちました。

その他、産経新聞が報じています。(同魚拓:1P2P


なお、「日本奥山保全・復元学会」のURL「http://okuyama-society.org/」をみてみると、タイトルが「日本奥山学会」に、ページには「このページは現在メンテナンス中です。後程お越しください」と表示されています(2012年9月17日午前12時現在)。
URLは使いまわしのようです。



実際に発表した中身を見てみないとなんとも言えませんが、一度「奥山保全・復元学会」を閉じておいて、のうのうと「奥山学会を立ち上げました!」と言えるものなのだな、と驚いています。
既にクマの出没や大型哺乳類の保全、今後の森林保全のあり方について研究されている研究者は多く居るのに、「奥山における生物大量消滅の原因究明や奥山再生方法の研究に取り組む研究者の発掘・育成」が目的だ、というのはどういうことでしょう? 僕には、熊森協会の主張を補強する「研究結果」が欲しいだけなのではないかと思えてしまいます。
なお、上記でも紹介した内部告発ブログ「熊森活動備忘録」で「奥山保全・復元学会」の設立のきっかけとなったのが西川節行氏(元広島大教授:協会顧問)であることが触れられています。産経の記事によると、今回も学会立ち上げに関わっておられるようです。
なお、「熊森活動備忘録」では、西川顧問の言葉が紹介されています。

ただし、西川先生が繰り返し強調されていたことは、「あくまで熊森と学会は別団体であり、必ず熊森に批判的な意見を持つ研究者を入れること。でなければ、説得力はつかない」ということである。なるほどもっともな話である。
熊森活動備忘録(ログ)「備忘録11 学会設立」より引用


今回、「奥山学会」の第1回研究発表会で発表されたのは、以下の3名のようです。

肝心の発表を聞いていないのでなんとも言えませんが、この中やあるいは「立ち上げに賛同した約15名の研究者ら」に、果たして「熊森に批判的な意見を持つ研究者」は入っているのでしょうか。
熊森協会の活動に科学的なお墨付きを与えるような名ばかりの学会ではなく、実際に取得したデータを科学的に検証し、それらから論理的に導き出される結論を元に、今後の森林保全に役立つ議論が展開されることを望んでいます。また、第三者が検証・議論に参加できるよう、学会の発表要旨や資料などが広く公開されると良いですね。



----2012年9月22日追記----
記事がアップされた翌日の9月18日、くまもりNEWSの当該記事が修正されました。
アップロード時点9月22日時点(18日修正)
まず、学会の設立目的など、記事の根幹を担う重要な点を追記・修正するにあたって、修正した旨の記録を残さないのはとても不誠実な姿勢だと感じました。



修正点は以下です。
【学会の設立目的について】

奥山における生物大量消滅の原因究明や奥山再生方法の研究に取り組む研究者の発掘・育成をめざして設立した

奥山における生物大量消滅の現状調査や原因究明、奥山復元・再生方法の研究などに取り組む研究者の発掘・育成をめざして設立された

産経の記事にも元ブログにもなかった「奥山復元」という言葉が入ってきています。これは既に閉会したwikipedia:日本奥山保全・復元学会との関連性を強く匂わせるものです。
それにしても「生物が大量消滅している」ことは誰がどのように確認したのでしょう。くまもりNEWSでは同じような文面が何度も出てきますが、「大量消滅」に「現状調査」が必要な理由もよくわかりませんし(現状調査をして初めて「大量消滅」かどうかが判断できるはずなので)、大量消滅があるという前提に基づいている状態で「原因究明」を行っても、『やっぱり消滅してました』とする結論しか出てこないような気がします。


【研究者について】
また結びの言葉として、

奥山生態系の大荒廃と復元・再生に関する研究発表の場を設けさせていただいたことによって、自分の良心に従って正義感いっぱいに自由に奥山研究をすすめる研究者が発掘・育成されることを願っています。

奥山生態系の大荒廃と復元・再生に関する研究発表の場を設けさせていただいたことによって、研究対象物に負担をかけないという研究者としての倫理観をしっかりと持ち中立の立場で、自身の良心に従って正義感いっぱいに自由に奥山研究をすすめる研究者が発掘・育成されることを願っています。

が追記されています。


「研究者としての倫理観」が「研究対象物に負担をかけない」であることはまだいいのですが、熊森協会さんでは「捕獲した動物に麻酔をかける」「発信機(付の首輪)をつける」ことも負担と考えておられるようです(野生動物に手を付ける学術研究はやめるべき魚拓))。「追いかけまわす」のも駄目だというのですが、果たしてどんな調査手法で、どんなデータを取り、研究を行うのか期待したいところです。
また「中立の立場」とは、行政などに与することなく、というような意味合いなのでしょうか。それはいいのですが、研究者は行政のために研究をしているのでも、自身の正義感を満足させるために研究をしているのでもないんじゃないかな、と僕は思います。「中立の立場」を標榜する「正義感いっぱい」の研究者なら、科学的手法・根拠による研究結果を感情的に非難するような団体の活動は、真っ先に批判対象とするでしょう。



----(以上追記おわり)----




熊森協会の「科学」に対する向き合い方

科学に対する向き合い方についての話をもう少し進めてみましょう。


「触れない」調査について

以前も本ブログで紹介したことがありますが、熊森協会は野生動物に対する「科学的な」検証に懐疑的な姿勢を示しています。それが顕著なのが野生動物に手を付ける学術研究はやめるべき「くまもりNews」(公式ブログ)の記事でしょう。一部引用します。

野生動物に手を付ける学術研究が、野生動物の絶滅に拍車をかけるということだ。人間の、知りたいというあくなき欲望は、とどまるところを知らない。

研究対象が野生動物であった場合、研究には一定の歯止めがかけられるべきである。すなわち、研究対象物に手をかけてはならないということである。
捕獲して麻酔薬を注入し、論文のデータ用にと1本であっても歯を抜き、発信機を付けて苦しめ、追いかけ回すなどの負担をかけてはならない。相手は人間と同じように、命も感情もある生き物である。

人体実験なら許されないことでも、相手が野生動物なら許されるという最近の若い研究者たちの発想の裏には、野生動物達への蔑視がある。
このような考えがある限り、共存になど成功しないだろう。



……ふむ。その「最近の若い研究者たち」が誰を想定しているのかさっぱり分かりませんが、それはともかく。

この「野生動物を傷つけるような研究はやめるべき」という動物愛護精神に溢れた主張自体は、なんら批判されるものではありません。
実際、動物の行動を調査するにあたって、個体を捕獲したりしないやり方だってあるのです。例えば、動物の足跡を追って行動圏を把握したり、糞や爪あとなどから種を特定したりする方法があります。「痕跡調査」といって、確立された調査手法です。 他にも、動物写真家の宮崎学氏がお得意な、センサー付きのカメラで撮影する、なんて手法もあります。
熊森協会でも、昨年「クマの体に触れない調査法」の研修会を行っていたようです。僕はこのニュース、とても嬉しかったのです。 そう、個体に傷つけるやり方を是としないのなら、そうでない方法でデータを集めればいいのですから。
10月22日 クマの体に触れないクマ調査法研修会−くまもりNEWS




ところで、なぜこういう調査ばかりではなくて、歯を抜いたり、発信機をつけたりしているのでしょう? 色々と理由は考えられますが、大きな要因として、「クマの体に触れない調査法」では得られる情報が少なすぎるから、というのが挙げられるでしょう。

足跡がつく条件なんて限られているし、ずっと追っていけるかもわかりません。行動軌跡をトレースしようとしたら、一度個体をつかまえて発信機をつけたほうがずっと正確だし、人数も必要ないですよね(もちろん個体に必要以上の負担をかけないよう、一定期間で取れる発信機が既に使われています)。


ただ、それを承知で「クマを傷つけない方法で調査する」のは、それはそれで全く問題ありません。痕跡調査を重ねることで見えてくるものもあるでしょうし、研究機関が人的・金銭的理由で行えなくても、多数の会員による人海戦術で集められるデータだってあるかもしれません。



僕は、奥山保全・復元学会の成果は、このような熊森協会の理念を反映したうえで、科学的な手法を用いて検証したものが出てくるのだと期待していたのです。
けれど、実際はその科学的な成果が出てくるどころか、発表の場であったはずの学会は閉会してしまいました。






「科学的根拠を」と言いながら…?

先日、熊森協会本部のある兵庫県で、「第3期ツキノワグマ保護管理案」に関するパブリックコメントが募集されました。募集に際して熊森協会は、公式ブログで兵庫県の算出したツキノワグマの推定個体数に対して

  • 「他人が検証不可能なものは科学ではありません」
  • 「科学的根拠を欠く」

と批判しています。




ここまでお読みの皆様なら、多分こうお考えかなー、というのが僕にはわかる気がします。

「お前が言うな」と。

はい、哀しいことに、僕も同じ意見です。



自らは学術的検証の機会を放り出しておいて、他人の主張には「科学的根拠がない」と批判する。その批判には先の主張を覆すだけの根拠も、再現性のある(「他人が検証」可能な)データもない。
おまけに、「若い研究者がコンピューター画面とにらめっこして出した」「現実とかけ離れた」「バーチャル世界に埋没してしまって」「エリート過ぎてクマという弱者の立場に立ってものを見ることができなくなっている」とまで言い放っています。



……おお! 言葉がありません! お察しください!





「その貧相な屏風からその『科学者』とやらを出してくださいよ」

(副題はこちら参照)

ひとつひとつ引用するのも詮無いので止しますが、熊森協会は折に触れて「自然は科学ではわからない」という類の主張を繰り返してきました。
ある意味、その通りです。わからない面は確かにあるけれど、それを理解しようとする試みと足取りこそが科学なのだ、と僕は思っています。ましてや「獣害問題」を扱う分野は、科学の中の環境学生態学の中でも、人間の日常生活と非常に密接に関わってくる分野です。
僕はその研究者の方が、自分の研究を通じて獣害を恐れる方をなんとかしたいと思っていると信じていますし、同時に殺すだけでなく生き物も人間もどちらも共存してゆけるような方法を模索しているはずだ、と思っています。




どこかで科学者が、
「グハハハハ! すべての生物は人間にひれ伏せ! 人間様に逆らおうなどとするな! 人間にコントロールできない自然など、理解できないことなどないのだー! ムッハハハ!」
……みたいなことを言ったのでしょうか?
そんな科学者がいるのでしょうか?(いやまぁ、もちろん「いない」とは言い切れませんけど…)
「科学者は傲慢だ」という類の意見を目にするたび僕は、すべての科学者に対して「マンガの中のマッドサイエンティスト像」を押し付けているように思えて、とても残念な気分になります。





科学嫌いとか、研究者や行政の方が気に入らない、という感情は、ある面で理解できます。
でも、「行政は傲慢」とか、「研究者は金儲け主義」という主張で、森の生きものは幸せになれるのでしょうか? 僕はそのことをずっと考えています。




おわりに


落としどころの見つからないままここまで長々と書いてしまいました。
今後、この件がどう転ぶのかはわかりません。
この熊森協会に関する話題で僕が再三主張しているのは、「『森を、クマを守りたい』という善意は決して否定されるものではない」ということです。そういった善意の受け皿として協会が機能している結果、偏った自然観や、どんぐり運びなどの誤った手法で、善意が空回りしたり、無駄遣いされていることが[[]]とても悔しいのです。
このまま科学的・学術的な分野と袂を分かったままで、本当に森林や動物のためになる活動ができるとは、僕にはどうしても思えません。協会の方、特に運営に関わっておられる皆様には、現在のアジテーションや政治活動を主体とした方針が真の目的のためになっているのか、あるいはどういった手法なら日本の自然を守ることができるのか、お考えになるきっかけとなれば幸いです。



今回の「閉会」は大変残念でしたし、このように批判もしますが、本当に期待しています。


2012.02.24 Wikipediaへのリンク、及び一部表現を修正しました。
2012.09.17 「日本奥山学会」の設立に伴い、追記しました。
2012.09.22 「日本奥山学会」関連記事が修正されたため、追記しました。

*1:余談ですが、wikipediaの編集人さんの中には積極的に熊森協会の情報を追っている方がおいでです。編集規約上、あくまで根拠に基づく情報のみしか載せられないはずなので、批判的言論の形成を意図しておられるわけではないと思うのですが、そのチェック能力には驚かされるばかりです

*2:引用元がwikipediaというのは信頼性に欠けると思われる方もいると思いますが、当該項目は元ページからの引用・要約で記述されていること、以前僕も内容を照らし合わせてみたことがあること、などで信頼のおける(捏造や意図的な加筆が疑われるものではない)と判断していますのでご容赦ください。

*3:もう既に信用されていない、と仰りたい方の気持ちもわかりますが、科学的な様式・手法に則ってデータが提出されれば、それは検証の価値を持つわけで、今回の「閉会」は自らその機会を捨ててしまったことと同意でしょう。

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