カエルの卵がおいしそう
春である。あちこちの水溜りや湿った川っぷちでカエルの卵を見かける季節になった。僕は数年前から、あのぷるぷるしたカエルの卵がおいしそうだと思う気持ちを止められないでいる。
僕は甘党であり、洋菓子も和菓子も大好きだ。詳しくは伏せるが、とある個人的な事情により、くずきりのように甘い黒蜜のかかった和菓子に思い入れがある。
……そう、僕は『カエルの卵に黒蜜をかけたらおいしそうだ』と思ってしまったのだ。本エントリでは、実際にカエルの卵に黒蜜をかけて食べたらおいしいかどうかを確かめてみた。
カエルの卵を探しにゆこう!
まずは卵の入手である。僕は愛自転車「フジ号」にまたがり、妻と連れ立って近所のめぼしい場所を走り回った。
あっ、林の中になにやら怪しい通学鞄が落ちている。
大変だ! 中は絶滅が危惧されているという野生のエロ本の巣だった!
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さめだ小判(2011年)とmaro(2000年)が同じ環境に生息しているとは…。高校生が卒業の際に鞄ごと放流したにしては、随分と時を駆け抜けている印象だな…。
よさそうな湿地にてミズバショウ。おニューカメラ、オリンパスxz-1にてドラマチックモード。
ヤチブキことエゾノリュウキンカ。これから黄色い花が開いてさぞ綺麗なことだろう。この花は茎をおひたしで食べられる。
ザゼンソウ…とドングリ。ご覧のように、ドングリは地上に落ちただけでも発根する。山にどんぐりをまいただけでは芽が出ないなんて言っている方の気がしれない。
卵のゼリー状の部分は水を吸って大きくなるので、食べるのなら水を吸う前のぷりぷりしたところが良さそう。まだ乾いていないところをみると、今朝あたりに産卵したばかりのものかもしれない。親は見つけられなかった。
持ってきたタッパーに採集。たくさん採る必要はないので、一卵塊だけ、いただきます。
一応、好奇心から卵を採ることの言い訳というか、僕なりの配慮をここで述べておこう。
カエルに代表される両生類は、卵の発生から孵化し、幼生から成体となるまでの間に諸々の要因で死にやすいため、産卵数を多くすることで初期の減少をカバーする戦略を取っている。卵の時点でアライグマやキツネ等に食べられることも多く、僕が採る程度の負荷がその場のエゾアカガエル個体群の継続的な維持には影響しないだろう、という理由がひとつ。もうひとつは、エゾアカガエルの産卵は「早春季に水が溜まっている場所」で行われるため、夏までに水が干上がって乾燥する場所にも構わず産んでしまうこと。今回僕が採取したのは、今は雪解け水が流れてはいるものの、恐らく今後乾燥して全て死滅してしまうであろう卵である――という理由だ。
ひとつの命すら奪うことは許さん、と仰る方がいれば甘んじて批判は受けるが、好奇心から命を奪うにあたって、上記のことを考えて行ったことをここに記しておく。
ちなみに採取場所は住宅街のすぐ脇で、斜向かいの玄関から出てきた子供とおばちゃんに不審な目で見られてしまった。べっ、別に不審者なんかじゃないんだからね!
ともあれ、これで無事に材料は入手した。
※注意※ 以下、カエルの卵のレシピおよび調理風景を掲載します。カエルの卵に思い入れのある方、嫌悪を感じる方は閲覧を控えることをお勧めいたします。
カエルの卵食について〜前例や危険性〜
時間がなく、文献にはあたれなかったのだが、web上にはカエルの卵を中華料理のデザートの材料に用いる、という記述が見られた。また、ムツゴロウさんのエッセイにカエルの卵どんぶりについて書かれているとか。今回は、下ごしらえに昆虫料理を楽しむ−155 カエルの卵を参照させていただいた。
実は昨年のこの時期、あまりに卵がおいしそうで、ひと粒だけ生で食べてみたことがある。食感はご想像の通りなのだが、喉を通った瞬間ものすごい苦味が僕の口を襲い、一時間ほど気分の悪さが残った。
ヒキガエルのように、カエルの中には外敵から身を守るための毒を持っている種が存在する。小さなアマガエルも、触った手で目をこすると腫れる皮膚毒を分泌している。アカガエルの卵が毒らしいという記述も見かけた。ここで「この種は危険でこの種なら安全」と断言できるほど僕には知識がないので、僕はカエル卵食を皆さんにお勧めはしない。自己責任でもやめておいたほうがよい気がする。どうしてもと仰る方は、問題ないと判断できる程度の根拠を集めたうえで試すようにしていただきたい。僕は好奇心に負けた。
また、カエルの卵のゼリー状の部分は、産み付けられた場所の水を吸って膨らむため、生水を飲むのと同じ危険が伴う。北海道ではエキノコックスの害が知られているが、ここでは同リスクを避けるため加熱した。
さて、以上を踏まえてレシピである。
カエルの卵レシピ
カエルの卵のくずきり風黒蜜がけ
用意するもの
- カエルの卵 適量(一卵塊)
- 黒蜜 大さじ2
- きなこ 少量
- 生物をいただくという心 プライスレス
1.卵をざるにあけ、よく洗う。
大きな落ち葉くずや枝などはこの段階で洗い落としておく。
2.透明なボウルを用意し、卵塊をちぎって移しながら、妙な色の水を吸い込んでいるものや細かい藻がからまっているものを取り除く。
最初なので、一応神経質に。ゼリー状の卵塊はちぎると簡単に離れるので、きれいなものを選んでボウルに移す。この時点ではもちろん卵は生きているので、使わなかったものはそのまま除けておき、採ってきた場所と同じか近くの水たまりに再放流することが望ましい。
3.お湯を沸かし、5分程度茹でる。
茹でると融けてしまうのではないかと思っていたのだが、どっこい形はほとんど変わらない。卵の中の胚にも変色は見られず、ちょっとゼリーがゆるくなったかな、程度の変化だった。個人的に一番驚いた工程。
4.ざるにあけ、水を切って荒熱をとる。冷蔵庫で30分程冷やす。
カエルの卵の原型は残しつつも、涼やかな和風スイーツに仕上がりました……多分。
ついでにもうひとつ使えそうなのを思いついたので載せてみる。
カエルの卵のタピオカ風ミルクティー
用意するもの
- カエルの卵 適量(0.5卵塊)
- 市販の甘いミルクティー 200ml
- 生物をいただくという心 プライスレス
1.上記レシピの4をグラスに入れ、ミルクティーを注いで完成。
試食してみた
いよいよ憧れのカエルの卵スイーツに挑戦するので、とりあえず、気持ちを整えるために浴衣に着替えてみた。手を合わせ、この春何億と産まれるであろう卵のうち、不幸にも僕に見つかってしまった数百の卵たちに冥福を捧げる。僕の好奇心のために、本当に申し訳ない。しかし僕は食べる。
……。
……甘い。黒蜜ときなこの味がする。
妻からは「お腹こわしたらどうするの! 口に入れるくらいにしときなさい!」と言われていたのだが、噛み進めているうち、うっかり飲み込んでしまった。火を通したこともあり、生で食べたときよりも不安はないが、ぬるっとした喉越しは気持ちのいいものではない。
そうこうしているうちに、黒蜜の味が消え、少しの渋みと苦味が口の中に広がってきた。うむ、少し緩和されているとはいえ、生のときに感じた苦味と同列のものだ。おそらくこれがエゾアカガエルの卵本来の味なのだろう。少し舌がぴりっとするような気もするが、一分もしないうちに治まった。
く、口直しにタピオカ風ミルクティーを……って卵が浮いてるー! 比重が水より小さいから当然か!
小さいグラスは妻が作っていた本物のタピオカ入りミルクティー。沈んでいるのでストローにも入る。タピオカ風のほうは浮いた卵がストローに入らず、普通のミルクティーだ。くずきり風を食べる前なら少しは苦く感じたのかも知れないが、今更”ミルクティーに溶け込んだカエル本来の味”を感知できるわけがない。
結論を言おう。
カエルの卵はおいしくない。おいしそうだがおいしくない。おまけに種によっては毒のリスクも抱えているようなので、全力でお勧めしない。
「とてもおいしそうだ」と思って食べたものがあまりおいしくなかったことに対して僕は落胆している。恐らく、古来人間がどれを食べて良いのかまだ今ほどわかっていなかった頃、僕のような人間は真っ先に色々なものを口にして命を落としただろう。おいしくもないカエルの卵を、成熟卵の命を奪ってまで皆さんが口にすることにメリットは感じられない。好奇心の犠牲は僕で最後にしていただきたい。
余談ではあるが、「おいしそうだと思っていたものがおいしくなかったこと」にがっかりした僕が、妻に慰めてもらおうと顔を頬に寄せるや否や「口すすいで来い」と冷たくあしらわれたため、この文章は歯磨きをしながら書かれたものである。
追記
本エントリ作成にあたって、最近出版された「北海道爬虫類・両生類ハンディ図鑑」を参考にさせていただいた。
- 作者: 徳田龍弘
- 出版社/メーカー: 北海道新聞社
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謝辞と謝罪
本エントリの作成にあたり、写真撮影および卵探しを手伝ってくれた妻に深く感謝する。
また、内容が「命を弄ぶ下劣な行為だ」と感じて不快になった方もおられることと思う。この場をお借りしてお詫び申し上げる。
最後に、そして何より、本エントリのために喪われたエゾアカガエルの数百の成熟卵の皆さんに対し、深くご冥福を申し上げる次第である。