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紺色のひと

思考整理とか表現とか環境について、自分のために考える。サイドバー「このブログについて」をご参照ください

僕の「サンタの存在証明」

僕が幼かった頃は、サンタクロースの存在を純粋に信じる子供であった。「ヒゲの生えた赤い衣装のおじいさん」というその存在だけではなく、子供たちみんなにプレゼントを配ってくれる「サンタとしてのサンタ」の存在を疑ってはいなかった。僕たち兄弟には毎年プレゼントが届いたし、プレゼントにはひとりひとり宛てに英語でサンタさんからの手紙が添えられていた。母が英語に堪能であったのは、まぁ偶然だろう。


僕はいわゆる「いい子」であったと思うが、決して言う事を聞いてばかりの大人しい子供ではなかった。母や祖母が、妻に僕の子供の頃のことを語って聞かせるとき、いつも「目を放すといなくなっている」「好奇心」という言葉がついてくる。

確か、小学校1年生の頃。サンタの存在を信じながら、それを自ら確かめてみようと僕は思った。計画を練り、広告の裏紙に設計図を描いて、サンタの存在を証明しようとした。
当時の僕は、多分こんなふうに考えていたと思う。

1.寝る前にプレゼントがないことを確認して、朝一番に起きてプレゼントがあればサンタさんは来たことになるけど、お父さんやお母さんかもしれない。
2.うちには煙突がないから、もしサンタさんなら、きっと玄関から入ってくるんじゃないかな?
3.プレゼントを置く場所は、いつもツリーが飾ってある居間でまちがいないはず。
4.玄関から居間に向かう途中で、サンタさんが通ったのがわかればいい。
5.寝室から居間に向かう途中で、誰も通っていないことを確かめればいい。


幼い僕は、あろうことかサンタさんを罠にかけることで存在を証明しようとしたのである。
図解する。

  • サンタさんがプレゼントを持ってきた場合、ルートは玄関からツリーに向かうと予測される。
  • よって、玄関−ツリーのルート中に罠を仕掛け(サンタ・トラップA)、発動を確認すればよい。
  • 寝室から何者かがプレゼントを置きに来た場合、サンタさんが通り得ない場所の罠(サンタ・トラップB)が発動する。
  • つまり、トラップAのみが発動していればサンタさんが来た、AとBが発動していれば何者か(残念だけどお父さんお母さん)がプレゼントを持って来た、と判断できる。


我ながら完璧な計画である。
僕は、これでサンタさんの存在を証明できると確信した。もし罠に気づいて避けられたらどうするのとか、サンタさんが玄関以外から入ってきたらどうするのとか、そういう細かい詰めの甘さは散見されるが、事前・事後の状況調査から変異を探ろうとしているあたり、なかなか立派であると思う。自画自賛だけど。


さて、僕が考えたサンタの存在証明に欠かせない「サンタ・トラップ」が気になっている方もおいでと思うので、設計図を再現してみた。




ご覧の通り、トラップ設置地点を通過した者は、もれなく足元の糸にひっかかり、顔面にパンツが落下する。実にシンプルで合目的的なデザインである。どうして父の下着を、しかも洗濯機から回収してきてまで使おうと思ったのかはどうしても思い出せない。
ともかく、このサンタ・トラップをもって、僕はサンタに挑んだのだ。何度か実験を繰り返し、自分の頭の上にきっちり父のパンツが落下することを確認した。そして夜、父と母が眠ってからこっそり居間に降り、ツリーの下にプレゼントがないことを確認して、眠りについた。目覚まし時計を朝の5時にセットして。


25日、朝である。
僕は目覚まし時計よりも早く起きて、どきどきする胸を抑えながら居間へ向かった。サンタ・トラップBが発動していないことを確認し、次のサンタ・トラップAが……発動している! 果たして居間のツリーの下には、兄弟3人分のプレゼントが並んでいた。いや、一番下の弟はまだ小さかったから、2人分だったかも知れない。
しばらくして起きてきた母に、僕は自分の実験のことと、サンタの実在について話したように思う。あまりよく覚えていないのが残念だが、ともかく、こうして僕の「サンタの存在証明」は為された。
サンタさんは居たのである。あの夜、確かに僕の家に来たのである。



それから三年が過ぎた。
小学校4年生の冬、通っていた小学校にテレビの取材が来て、マイクを向けられた僕は堂々と答えた。
「サンタさんはいると思います! 僕には毎年、サンタさんから英語の手紙が届きます!」
思えば、あれはいい子の回答例を絵に描いたようなコメントだったのかも知れない。けれど、僕は確かにそう信じていたのだった。サンタ・トラップと、存在証明のことは言わなかった。
そして記憶が正しければ、あの10歳の冬、4年生のクリスマス前に僕はサンタさんの正体に気づいた。きっかけは覚えていないけれど……と書いていて、ああ、思い出した! 僕は物置を探検していて、プレゼントの包みを発見してしまったのだ。自らの手で存在を証明したはずのサンタさんの非実在を、僕はまた自らの手で証明してしまったのだ。
その後、僕が父や母とどういう話をしたかは覚えていない。もちろんその年のプレゼントは発見したその包装紙のままで、おまけに毎年一緒についてきたサンタさんからの手紙は日本語で、母の筆跡で書かれていた。



あれから随分経った。大人になって、家族を持った僕は、いつか自分の子供が「サンタさんいるの?」と聞いてくる日になんて答えようか、今から考えている。
今年は秋から冬にかけて、クマとかドングリとかクニマスとか話題がたくさんあったけれど、なんとか年の瀬を迎えられそうだ。それでは皆さん、メリー・クニマス