紺色のひと

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絶滅危惧種を殺しても罪に問われない!

ニュースなどで「絶滅危惧」という言葉を聞くと、「今すぐ絶滅しそうなんだ!」「保護しないといけないのかな」と思わされることがあります。
ところが、絶滅危惧種を選定する環境省のレッドリストでは「どの種がどの程度絶滅しそうか」とランク付けがされていて、「絶滅危惧種」と呼ばれるもの全てが明日にでも絶滅する、とは一概に言えません。
本エントリでは、「絶滅しそうなんだな、危ないな」とだけ思われがちな「絶滅危惧種」という言葉について考えてみたいと思います。

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いきものが不運(ハードラック)と踊(ダンス)っちまわないよう、言葉の意味を理解し、保全につなげていきたいですね。

三行でまとめてみた

  • 絶滅危惧種と呼ばれる全てがただちに絶滅するものではない(キリッ)
  • 「絶滅危惧種だから」と保護活動に走るのは思考停止です
  • 殺しても警察には捕まりません(だからってむやみに殺しちゃだめだぞ! お兄さんと約束だ!)

絶滅危惧種? レッドデータブック? レッドリスト?

レッドデータブックとは何か

絶滅危惧種を選定する、いわゆる「レッドデータブック」とは何か、ということについてみてみましょう。
日本では、野生動植物の保護・保全のために種ごとの貴重性を的確に把握し、一般への理解を広めることを目的として、環境省により「日本の絶滅のおそれのある野生生物の種のリスト」が作成されています。これが「レッドリスト」と呼ばれるものです。
レッドデータブックの歴史

これををまとめて本にしたものが「レッドデータブック」です。現在最新のレッドデータブックは、平成12年から18年にかけて刊行されたものです。
なお、野生動植物の状況は日毎に変化しており、調査・研究が進むにつれてリストを更新する必要が生じます。平成18年・19年にリストの見直しが行われて、現在これが最も新しいレッドリストとなっています(この更新に伴うレッドデータブックは刊行されていません)。

「絶滅危惧」種とは何か

このレッドリストに選定されている動植物は、「今すぐにも絶滅しそうな生き物」ばかりではありません。「絶滅しそうな『危うさ』」としてカテゴリーが選定されており、掲載種はそのカテゴリーの分類で貴重性が選定されています。
カテゴリーは全部で7つ存在し、このカテゴリーで絶滅の危険性が高いとされているものを「絶滅危惧」と定義しています。

環境省_レッドリストのカテゴリー(ランク)

つまり、
     レッドデータブック≒レッドリスト≧絶滅危惧種
であり、
     レッドリスト≠絶滅危惧種
です。

レッドリストに選定されているものは、「絶滅の危機に瀕している種」から「現時点では絶滅危険度は小さい種」、「地域的には絶滅のおそれが高い種」「評価するだけの情報が不足している種」まで様々であり、「レッドリストに選定されている種類すべてが絶滅の危機に瀕しているわけではない」のです。


地方版の「レッドデータブック」

さらに、全国的には絶滅のおそれがなくても地域によっては危惧されているなど、動植物の貴重性には地域性が大きく関わるため、各都道府県でもそれぞれの地域のレッドデータブックを作成しています。
都道府県別のレッドデータブック検索


もちろん、逆に「ある地域では当たり前にあるけれど全国的に見るととても珍しい」というのも存在します。


「絶滅が危惧される」という言葉の使われ方

このように、ニュースなどで目にする「絶滅危惧種」「レッドデータブックに選定されている」という言葉は、必ずしも文字通りの「絶滅が危惧されている」「絶滅の危機に瀕している」という意味ではないことがあります。
また、地域ごとのレッドデータブックによる選定も混同して「絶滅危惧種」として扱ってしまうと、さらに混乱を招きます。
もちろん、選定されている種の中には、ごくわずかな生息地しか残されておらず、種の存続をかけた保護が行われている種も多くあります。ただ、「レッドリストに選定されているから」と全ての種を同じ文脈で扱ってしまうと、正しい認識ができなくなり、ひいては保護・保全活動の障害になる可能性があります



レッドリストにおいては、貴重性を「定性的要件」「定量的要件」から選定しています。保護・保全の際にはリスト選定の有無だけではなく、その地域における質的・量的な生息状況を正しく把握し、有効な手法をとることが求められています。そして、それこそがレッドデータブックの本来の意義なのです。




誤解のある「絶滅危惧」の使い方の例

僕がこのエントリを書いたきっかけでもある、誤解を招く「絶滅危惧」の例を紹介しましょう。
昨秋、山中にヘリコプターでドングリをまくという独自のツキノワグマの保護活動を行った日本熊森協会の主張には、繰り返し「クマが絶滅してしまう」という文言が出てきます。

奥山生態系の頂点に立つクマを人間が射殺し続けるなら、
クマは絶滅し、生態系に取り返しのつかない破壊を確実にもたらします。

日本熊森協会−どんぐり運びについて−ドングリ運びQ&A(魚拓)より引用(強調はブログ主による)


現在、クマ(ツキノワグマ)の希少性については、環境省レッドリストにおいて「下北半島・紀伊半島・九州地方・四国山地・西中国地域」の地域個体群について、「絶滅のおそれのある地域個体群」というカテゴリーで選定されています。また、都道府県の中では地域による重要性を反映し、さらに重い選定を行っているところもあります。
これらのことからも、ツキノワグマは質的・量的に「絶滅危惧」種であると言えます。…言えますが、それはあくまで「当該地域において」ということで、この選定を受けて「絶滅する」あるいは「全国的にクマがいなくなる」と言わんばかりの書き方は、非常に誤解を招くものです。もっと言うと、現状を認識していない、不正確な記述であると判断できます。



まとめ

以上、「絶滅危惧」という言葉の定義と、与える印象のギャップ、そして誤った用いられ方が誤解を招くことについて見てきました。
自然保護や環境保全について、現在多くの方が関心を持って問題に取り組んでおられます。ニュースなどでよく取り上げられたりすることからも、一般市民の中でもこの問題について興味をお持ちの方が多いことが窺われます。
だからこそ、「絶滅が危惧される」という一見センセーショナルな言葉について、正しく概念を認識することが、貴重動植物の保護、ひいては地球に生きる生物の保護に繋がっていくものと信じています。





おまけ Q:「絶滅危惧種を殺しても警察には捕まらないの?」

A:捕まりません、ホントです。ホントですが、別の法令に触れて捕まる可能性があります。
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環境省が選定するレッドリストは「保護上重要である種」についてまとめたものであり、捕獲・殺傷・食用などについて、特に罰則等が定められていません。
ただし、文化庁によって指定されている「天然記念物」「特別天然記念物」、シマフクロウやトキ、オオサンショウウオなどについては、文化財保護法によって罰則が規定されています。生物として天然記念物に指定されている種は、ほぼもれなくレッドリストにも記載されているため、ご注意ください。
また、鳥類・哺乳類については、「鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律」通称:鳥獣保護管理法により、「捕獲等又は採取等(採取又は損傷)」の行為が禁じられています。併せてご注意ください。


念のため併記しておきますが、罰則がないからって貴重な動植物をむやみに採取・殺傷するのはやめましょうね!


【補足】その他、重要な生物についての指定

はてなブックマークコメント等でご指摘がありましたので、レッドリスト以外の国内の貴重な動植物に関する指定について、簡単に紹介します。

:通称「種の保存法」による指定(指定種:全208種(H29.1月現在)
「種の保存法」では、法で指定した「国内希少野生動植物種」それぞれについて、保護増殖事業など具体的な保護施策がとられています。トキについての解説はこちら(トキの襲撃事故からみる外来生物問題〜その1.なぜトキを殖やすのかをご参照ください。
指定動植物の無許可捕獲等については罰則が定められています。

:各都道府県の条例として保護に値すると指定されている重要な生物種。例:北海道希少野生動植物の保護に関する条例
条例で定められているため、罰則があります。

全国の国立公園・国定公園内で見られる動植物のうち、それぞれの場所で貴重だと判断される種についての指定です。この指定そのものに法的拘束力はありませんが、国立・国定公園内での動植物の採取については自然公園法などで制限されています。

水産庁が平成12年に刊行したもの。主に水棲生物についての重要性を選定したものです。

日本哺乳類学会が選定した、日本の哺乳類の重要性についてのリスト。上記環境省レッドリスト:哺乳類について、クジラ目等を含めて独自に選定したものです。




11.09.19 0:10 鳥獣保護法による野生鳥獣の捕獲について追記しました。
11.09.19 13:30 国内の重要な動植物についての選定について追記しました。
11.09.19 18:00 レッドリストカテゴリーの概要表に誤り(イトウはNTではなくVU指定)があったため修正しました。
14.09.25 文中のレッドリストへの「指定」を「選定」に置き換えました。
17.01.29 文中のリンク切れを修正しました。