紺色のひと

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秋田でのクマによる死亡事故:中間まとめと雑感(追記あり)

2016年5月から6月にかけてニュースを賑わしている、秋田県鹿角市から青森県境周辺でのツキノワグマによる人身被害事故について、6月15日現在での状況を一旦まとめるとともに、報道や関連団体等の意見について思うところを書いてみます。

当事故によるクマ出没・被害はまだ収束していません。出没情報のある山林には絶対に立ち入らないようにしてください。

もくじ

  1. 事故の経過まとめ
  2. 日本ツキノワグマ研究所の主張
  3. 日本熊森協会の主張
  4. 事故を通じて、僕の雑感


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事故の経過まとめ

秋田県の地域新聞、秋田魁新報「さきがけWeb」より、"キーワード:クマ被害|秋田魁新報電子版"から関連記事を抜粋し、その他の報道と照らし合わせて情報を補完しました。6月15日現在、秋田県鹿角市周辺ではツキノワグマによる人身被害として4名の死者、1名の怪我人が出ています。
なお、被害が収束していないこと等を鑑み、被害者に関する情報は最低限とさせていただきます。また、秋田県では当該事故の他、県南の羽後町でもツキノワグマによる人身被害が発生しています。
秋田魁新報によるまとめ記事はこちら:まとめ:クマ襲撃4人死亡「想像絶する異常事態」|秋田魁新報電子版(6/19)です。

日付 記事概要 被害者 備考
5月21日 遺体を発見 1人目 クマと遭遇後、行方不明
5月22日 遺体を発見 2人目
5月23日 鹿角署がチラシ配り
5月26日 クマと遭遇し生還
5月29日 襲われ女性けが 背後から尻を噛まれる
5月30日 遺体を発見 3人目 26日から不明。複数個体による食害が疑われる
6月2日 米田さん現地調査 日本ツキノワグマ研究所所長
6月10日 遺体を発見 4人目 7日から不明
クマを一頭捕殺 4人目の被害者のごく近く。体長1.3m、70kgのメス成獣、胃から人体の一部
6月18日 県警・市が検問設置、入山自粛を呼びかけ 軽犯罪法の適用も
6月18日 クマ被害、入山自粛求め連携 鹿角市の周辺6市町村
7月1日 山菜採りの男性けが 死傷者6人目 死亡事故現場から7~9キロ南
7月1日 クマ体毛採取、分析へ 研究者ら現地で調査 JBNら3人


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地図画像はクマ1頭を射殺、4人犠牲の現場近く 秋田・鹿角の山中:朝日新聞デジタルより引用させていただきました

備考と解説

「タケノコ」について

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タケノコ(ネマガリタケ)採りの様子(写真はツキノワグマの生態と被害防止対策 | あきた森づくり活動サポートセンターより引用させていただきました)

今回の事故の原因でもある「タケノコ採り」。広く認識されている、孟宗竹等のいわゆる「筍」ではなく、ネマガリタケと呼ばれるチシマザサの若いものです。5月中旬から6月上旬頃が旬の山菜で、北海道から東北にかけて人気があります。北海道では「ササノコ」、僕の住むやまがたでは「月山筍(がっさんだけ)」と呼び、この時期には欠かせない山菜と言えます。
傾斜地に細く密集した硬いチシマザサの藪の中を進みながら採る、なかなか大変な作業です。
とてもおいしい山菜で、焼いたり煮物にしたりします。僕が好きなのは豚バラ肉と一緒に鍋にしたもので、黒コショウをふって食べるのが最高です。

ツキノワグマの人肉食

一般的に、ツキノワグマは草食性に偏った雑食です。「昆虫や他の動物の死骸等も食べるけれど、植物への依存度が高い雑食」ということです。春から夏は若芽や山菜の類を、秋は木の実などを食べますが、特に暑い夏は食べ物が少なくなるため、山間地や周辺部の畑まで餌を探しにやって来て農業被害が発生しやすくなります。

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信州ツキノワグマ研究会「ツキノワグマによる被害を防ぐために」パンフレットより

「駆除したクマから人体の一部」という報道について

6/10に現場近くでクマが捕殺され、胃内容物から人体の一部が出た件で、一部報道が「一連の被害は、このクマによる可能性が高い」とのコメントを紹介しています。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160613/k10010555051000.html
しかし、「人を食べたクマ」と「人を襲ったクマ」が同一であるとは現段階で判断できません。人を襲って死に至らしめたクマとは別の個体が、何らかの理由*1で遺体を食べたとも考えられるためです。
いずれにせよ、事故はまだ収束していません。

東北地方でのツキノワグマによる人的被害について

日本クマネットワークが2011年3月にまとめた「人身事故情報のとりまとめに関する報告書(pdf)」を一部要約します。

  • ツキノワグマによる人身事故の詳細が記録されている全国826件のうち、東北地方での事故は544件(67%)にものぼる。
  • 被害の発生は5月と9月にピークがあり、事故発生時の状況に「山菜採り」「きのこ採り」が多かったことから、貴重な食料源およびレジャーとして古くから山菜採りやきのこ、木の実採集が盛んだった独特の風土、生活様式が現在も根づいていることによる、東北地方の大きな特徴と考えられる。

本資料は過去の事故に関するデータを取りまとめた資料で、大変興味深いものです。


日本ツキノワグマ研究所 米田氏による分析

3人の被害が出た後、NPO法人日本ツキノワグマ研究所の米田一彦氏が現地に入り、調査を行っています。この際の報道と、米田氏がホームページで発信している情報を併せ、以下に要約してまとめてみました。
6/15時点での記述を元にしたまとめであることをご留意ください。
情報元:
秋田の3人死亡、同一のオスグマか 専門家が調査:朝日新聞デジタル
日本ツキノワグマ研究所

  • 殺害の主犯は第3犠牲者までは「若いオスグマ」。主犯+メスグマ(6/10捕殺個体)+その他2頭ぐらい(6/15記事)
  • 今回の人的被害の要因をまとめると、「交尾期の興奮の高まり、緊張」「タケノコばかりを食べる単一食という、一種の興奮状態にあること」「気圧の激烈な長期降下*2
  • (人を襲って食べたクマ、あるいは人肉を餌として認識したクマは人を再度襲うという知見から)主たる被害は同一のクマによるもの
  • 今回の事故では子グマが目撃されておらず、「昨年秋にどんぐりが豊作だったから出産が進み出没が増えた」は正しくない。なお当歳子連れの母グマは子グマを守ることに懸命で危険度は高くない。子連れグマが危険になるのは子グマが成長する7月末頃から。(5/23記事)
  • 「人が楽しみにしているタケノコ採りをやめろとはいえない。ただ、私は最も危険な今の時期の竹やぶには絶対入らない」(朝日記事)


全体を通じて「これ以上被害を増やしたくない」「事故対策、発生の抑止力」としての使命感を強く感じる記述です。また地域住民の生活の一部となっているタケノコ採りについても一定の理解を示し、そのうえでの対策を述べられています。
ただ、長く現地調査の経験をお持ちの米田氏でも、

  被害は単一のオス成獣によるもの(6/2朝日記事)
   ↓
  6/10に捕殺されたメスグマは別個体が残した人肉を食べた個体で、別に主犯グマがいる(他にも食害に参加した個体がいる)(6/10記事)
   ↓
  6/10に捕殺されたメスグマが主犯だと判断するが、残存グマによる危険は残る(6/12記事)
   ↓
  6/13午後に現場周辺で1.5mの大型クマが目撃されており、主犯が残存している可能性が大(6/14記事)
   ↓
  殺害の主犯は第3犠牲者までは「若いオスグマ」、主犯+メスグマ(6/10捕殺個体)+その他2頭ぐらいが関与(6/15記事)

と、考察に大変苦労している様子がうかがえます。専門家の熟慮による考察でも、現地の情報や状況によりこれだけ判断結果が変動する現状、ニュースで知るだけのわれわれがあまり軽々しいことを言わないほうがいいのでは、と思います。

また僕は、米田氏の「これ以上の被害を出したくない」との思いに強く共感します*3。多くの方に読んでもらいたいと思い、6/14の記事をここに引用させていただきます。

明日、タケノコを採りに行く、三本木のオドと、アバヘ。(2016.6/14)
クマに襲われねえように、エエごとお教せでやる。八戸街道にあるコメリさ行って、桃の缶詰とドッグフードの缶詰、それから竹製の、クマ手ば、買ってきんせ。
それから牡丹紅炮20連10束入の爆竹も買ってくる。導火線は、ふにゃっとしたのはダメ、オドのようにバキっと堅いのが良い。桃ば食ったら(犬の餌は食うなよ)、アンチャがら底に写真(明日添付する)のように取っ手ば付けてもらえ。
へで、クマ手をペンキで黒く塗る。
穂波町のオド二人、二丁目のオド二人ど組んで田代さ行ったら、ちゃんと営林署と、お巡りさんへ
「これからへえりやす、ご免なすって」と挨拶して、アバば中心に、オド4人が左右に並ぶ。
アバが左手持った爆竹入れに火を付けた爆竹を入れて、前の方に向ける。
ばんばんとなったら、前さ、一斉に進む。アバは肩にした黒いクマ手で笹原の表面を、わっさわっさと叩きながら進む。2分したら、また爆竹。またクマ手だ。
オドたちは懸命にタケノコを採る。
笹原に入る時間は9時から11時、13時から16時までだ。これは押さえる。
国有林に入ってもエエ。皆の山だ。元とは言えば南部藩の山だ。
これをやっても食われたら吾(わ)ど、クマば許してけれ。吾も少しで、そっちへ行く。
重々、詫びる。

日本熊森協会の主張

本ブログでもたびたび紹介している、日本熊森協会は今回の事故にどうコメントしているでしょう。公式ブログを見てみましょう。

今回の人身事故は、人間が100%悪い 秋田県クマ生息地の根曲り竹の商業用タケノコ採りに規制を 6/8

クマによる前代未聞、最悪の事故が起きてしまいました。
にもかかわらず、現地山林には、いまだに竹の子採りに入る人たちが後をたたないそうです。多くの人間は、お金の誘惑には勝てないのでしょうが、何とかできないのでしょうか。

今年は根曲り竹のタケノコが不作で価格が高騰しており、いい副業になるのだそうです。
命とお金、どっちが大事なんですかと、もう一度言ってみたいです。

根曲り竹のタケノコは確かに美味ではありますが、それ以上においしい物を毎日お腹いっぱい食べている人間が、クマたちの貴重な食料を商業的に大量に奪う権利などないはずです。


秋田県 タケノコ採り、同じ場所でクマによる死者4人目 こうなったら人とクマの命を守るため、タケノコ採りを全面禁止せよ 行政・森林管理署も責任あり 6/13

事故現場は、クマの国です。問題を起こす人間は出て行くべきです。
この時期、ここにいるクマにとっては唯一の食料である根曲り竹のタケノコ。それを根こそぎとっていこうとする人間の方が100%悪いのです。クマが怒って当たり前。にもかかわらず、クマを殺して終わろうとするなど、秋田県の対応は本末転倒。いったい秋田県の倫理観はどうなってしまったのでしょうか。

熊森は、今後も新たな犠牲者が出る!として、両者に商業用タケノコ採りの強力な禁止処置をお願いしました。
しかし、「わが国には、タケノコ採りを規制する法律がないので、対応できないのです」という回答でした。
法律は、一朝一夕にできるようなものではありませんから、なんらかの超法的な措置をしかるべき立場の人にとってもらうしかないのかと思っておりましたら、
(中略)
どうも、米代東部森林管理署管内の国有林内で、鹿角市民はタケノコ採りをしても良いという取り決めが森林管理署と地元でなされていたようです。

「林産物を窃取罪」を前面に打ち出して、クマの食料を守るためにも、国民の命を守るためにも、「タケノコ採りの全面禁止」に、直ちに取り組むべきです。
クマに口がないのをいいことに、クマを殺してこの事件を終えようとするのは絶対にやめて下さい。人間としてあまりにも恥ずかしいです。

 
4人亡くなっても、まだタケノコ採りを禁止しない秋田県行政・鹿角市行政、東北森林管理署及び支所の決断力と行動力のなさ 6/15

ちゃんと森林法で林産物の窃盗は犯罪と規定されていますから、自信を持ってタケノコ採りを全面禁止してくださいと、どの部署にも強く強く訴えたのですが、「私に言われても・・・」「国有林は禁止したらいいが、民有林は所有者の許可を得たと言われたら止められないし・・・。民有林の土地所有者も境界もわからないし・・・」と出来ない理由ばかり言われるので、「毎年の山林課税一覧表を見たら、山林所有者にはすぐ連絡がつきますよ」等などいろいろ教えてあげたのですが、さっぱり動く気配がありません。みなさん忙しい中、熊森の話をじっくり聞いてくださるいい方たちなんですが、公務員として、おじいさんおばあさんの命を守らねばという強い責任感や、「よーし、動こう」という決断力がないのではないでしょうか。

こうなったら、市長さんや県知事さんの鶴の一声で、「死者4人は異常事態。今年はタケノコは不作、これ以上クマたちの食料を奪ってはいけないので、タケノコ採りを禁止する」と言ってもらうしかないのでしょうか。余力のある人は、市長さんや知事さんに訴えてみてください。


山中の死体を食べて片付けるのは、クマ以下森の動物たちの自然な行為ではないのか 6/16

遺体を解剖した結果、ほとんどの胃内容はタケノコだったそうですが、人肉も入っていたということです。このクマは、殺しておかねばならない人食いグマなのでしょうか。人間の味を知り人間を襲うようになる恐ろしいクマなのでしょうか。

人肉の味を覚えたクマは、次に人間に会えば襲って食べようとするという見解が流れていますが、熊森の自然観察結果では、そうなるとは思えません。

熊森は、このメスグマは次回人に出会っても殺そうとしないと思います。

熊森協会に対する雑感そのいち:彼らの主張から感じること

クマによる人肉食が報じられた後でもそれには一切触れていませんでしたが、6/16記事で言及しました。
全体の論調をまとめると、「クマは悪くない、人間が100%悪い」という二元論、「(超法規的な措置でもなんでも)タケノコ採りを禁止にすべき」という机上の空論、「小遣い稼ぎ、お金の誘惑」というレッテル張りと、いつもの熊森節に満ちています。

被害が発生しており、今後も予測される現状では、現場への立ち入りを制限するというのは有効な対策手法のひとつと考えられます。それはいいのですが、具体的なやり方も示さず「タケノコ採りを禁止にしろ」と声高に主張されても困ります。実際、警察や森林管理署により林道の立ち入り制限やチラシ配りをやっているわけです。これだけ報道に取り上げられ、公も動いている中でなお入ろうとする方々を強制的に止めるのは非常に困難です。*4
また、ツキノワグマは学習能力が高く、自分の餌と認識したもの(農作物や生ごみ等)に執着し、同じ農地に繰り返し現れるとの知見があります*5。さらに過去の人的被害が発生した際、遺体の傍から動かず執着していた例が報告されており*6、一度人を害した個体は再度人的被害を発生させる危険性があると予測されています(捕殺処分とせざるを得ないのはこれが理由)。4人目の被害者のすぐそばで捕殺されたメスの胃から人体の一部が検出されていることを無視し、「無実のメスグマを殺すのは許せません」という主張をするのは、印象操作でしかありません。
何より、現場主義を標榜し、クマの専門家を名乗る熊森協会が、自らの公式ブログで主張している内容が「クマは悪くない」なのは、どこかズレているとしか言えません。人的被害が、しかもまれとされる人肉食まで発生している現状で、それに触れずに実行不可能な策を振りまわす。一体、誰に向けた主張なのでしょうか?

今回の事故に関連しては、毎日新聞が協会の森山会長のコメントを紹介していますが、メディア側もこうした有識者扱いをやめてはどうかと思います。
4人死亡 専門家「同一個体か」秋田-毎日新聞Web


熊森協会に対する雑感そのに:違法性を主張することについて

上記記事では、山菜採りの法規制について触れられています。
厳密な話をすれば、山菜採りは「私有地だと窃盗」「国有林でも採取許可等がないと違法行為にもなり得る」行為です。ただし、広い山林で実際に取り締まるのは事実上困難ですし、季節の楽しみや古くからの山仕事的な文化的側面もあります。これらを考慮して、公の土地での個人程度のものなら黙認されてきた…というのが僕の認識です。
今回のような事故に際し、法的根拠を元に規制を行うのはまぁいいでしょう。実際、6/18日に鹿角市や県警が検問を設置、自粛を強く呼びかけています(県警が検問、軽犯罪法で摘発も クマ被害で入山自粛呼び掛け|秋田魁新報電子版*7
しかし。僕は思い出してしまいます。
2010年、ドングリ不作の年に熊森協会が全国に「おなかをすかせたクマに届けるため、ドングリを送ってください」と呼びかけていたことを。公園だけでなく、私有地や公有林から拾われたどんぐりだってあったでしょう。
「国有林の山菜採りは違法」論法に立てば、彼らが取り組んでいたドングリ運びなんて、「クマの為という名目のもと、その土地の動物が食べるはずだったドングリを盗み運び出すよう教唆・先導した」と言って批判される事柄じゃないんでしょうか?


事故を通じて、僕の雑感

タケノコ採りについて

「金のために採ってるひとばかりではない」という話です。
報道で、「タケノコが1日2万円になる」と紹介された(http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160610/k10010552061000.html)こともあり、「結局金儲けか」「金のために命を捨てるのか」等のコメントをtwitter等でよく見かけました。
確かに、買い取り業者や山菜荒らしによる大規模な採集が問題の根底にはあります。一方で、山菜採りには山仕事としての生業(なりわい)や、季節労働としての収入源としての側面があり、そしてなにより一般市民の季節の楽しみです。1日で背負子をいっぱいにするレベルのひとばかりではなく、自家消費や親戚に分けるくらいを採って楽しむ人も大勢いるのです。
僕自身も、山菜採りをほんの少しするのですが、「そろそろフキの時期かな」「友達がワラビ採りに行ってたな」「ちょっとミズ採ってくるか」と、春にリンクした季節行事のような趣があります。「タケノコに命かけるの?」と思われるかもしれませんが、地方……特に東北・北海道の山間部ではごくごく身近なことなんです。「なぜ採るのか」と聞かれても、それが当たり前だから、と答えるような感じと言えばいいでしょうか。逆に、それがある種の慢心を呼び、「これまで大丈夫だったんだから今回もクマには遭わないだろう」と思ってしまう原因かもしれません。
もちろん、身の安全を確保し、来年もまた採れるように少しずつ……というのは山菜採りの基本中の基本です。それでも、どうしても食べたいとか、ワシはクマに遭わないから大丈夫だとか、いろいろな理由で危険な山に入る方もいます。
「1日2万円」をことさら取り上げると、上記熊森協会のような「タケノコ採りは金儲けのため! 金に目がくらんでクマの食べ物を奪う!」と言わんばかりの無理筋な主張が受け入れられやすくなってしまいそうで、僕はそれを危惧しています。

「クマの怖さ」について

今回の事故は、日本の獣害史の中に残る規模となってしまいました。
こういう話題が出ると、必ず「三毛別の事件を知らないのか」「福岡大ワンゲルの事件だ」といった、過去の獣害の話を引き合いに出して語る方がいます。ヒグマとツキノワグマを混同したり、常時人を襲う習性があるように語るのは止しましょう。被害を避けるためには正しい理解が第一です。クマが肉食獣である、というイメージは、正しい理解・正しい対策の支障になるかもしれません。一部報道でも、「秋田県で熊による「連続殺人」 蘇る大正時代の大惨劇 - ライブドアニュース」のように三毛別熊事件を引き合いに出しているものが見受けられますが、「クマによる死亡事故」というだけで種も発生状況も異なる件を比較するのは筋違いと思います。
ツキノワグマは基本的に草食に近い雑食で、今回は人肉を餌として認識した個体による事故と考えられる、現時点では珍しいケースです。
ただし、ツキノワグマがまったく肉を食べないわけではなく、潜在的な肉食性を有していると考えたほうがよいかもしれません。今後時間が経って、肉食を行う個体が目立って顕在化したり増加したりすることは十分考えられます。そうならないためにも、今後のシカなどによる獣害対策とリンクし、林内の餌資源を減らす取り組みを行っていかなければいけないでしょう。
併せて、「ツキノワグマは草食でおとなしく臆病」「ツキノワグマは人を襲う恐ろしい動物」といった極端な言説を広めることを避け、正確なイメージを掴みつつ対策に繋げていくことが望ましいでしょう。

対策について

安全面からは、周辺に入山しないことに尽きるかと思います。しかし、これだけ入林規制がかかり報道されている中、なおタケノコ採りに入る方々がいることについては、もはやどうしようもないようにも思います。周知や強制力で何とかなるなら、そのほうがいいに決まっているのですが……。

また、ここで人肉を餌として認識してしまった個体が今後繰り返し同様の事故を起こす可能性もあり、その防止の意味からも個体の捕殺は避けられないでしょう。
しかし、チシマザサ群落は見通しが非常に悪く、歩きづらく、銃による捕獲は容易ではありません。どこから襲われるかもわからない状態で、猟友会の方々が危険と隣り合わせで対応に当たっているかと想像します。箱罠による捕獲も並行して行われていますが、加害グマを選択的に捕獲することは難しいでしょう。一応僕も素人狩猟者であり、有害鳥獣捕獲の末端に参加する立場ではあるのですが、現状で僕から「どうすべき」といった意見を軽々しく言える状況にはないと思います。

日本クマネットワークからは、この事故を受けて注意喚起のコメントが出ています。→日本クマネットワーク:秋田県の山中で2件の死亡事故が発生しました
また、「おなかをすかせたクマが里に降りてくる」というわかりやすい話について、日本クマネットワーク代表の大井徹さんがこう語っています。

「熊が人の住む里に下りてくる理由として、“自然破壊で山に餌が少なくなったから”とよくいわれますが、むしろ逆です。戦後しばらくまで人は里山で薪や炭を取ったり、畑を作ったりして、“ハゲ山”に近い状態のところも多く、動物にとってはすみ心地が悪かった。ところが近年は地方の過疎化などで里山は利用されなくなり、森林が回復、熊にとってもすみやすい環境になっています。そのため都市部の近郊まで活動範囲が拡大し、被害数や目撃数が増えていると考えられます。決して秋田の森の中だけの問題ではありません。
熊は基本的に植物を食べますが、簡単に得られる栄養価の高いものがあればそれを食べるようにスイッチできる、順応能力の高い動物です。それが人間だったら、人間を食べるようになる。秋田の惨劇はどこででも起こりうるのです」

今後の課題について(6/19追記)

http://www.yomiuri.co.jp/national/20160616-OYT1T50160.html
「射殺したクマの胃から見つかった人体の一部をDNA鑑定したが、被害者の特定には至らなかった」とのことです。
このような人身被害はこれ以上起きないに越したことはありませんが、今後似たような獣害問題が発生したときの課題となることはいくつも抽出できそうです。検証時の課題として挙げられそうなのは、

  • 現地での遺留物を分析に回すまでの保管手順や対応部署を自治体ごとに整理する
  • 現地に入っている猟友会メンバーや警察官から研究者まで情報をきちんと繋げることのできる体制づくり。具体的には、現場用の調査用紙様式の整備と記入徹底の指導
  • 野生動物の生態を元に、対策を柔軟に変化させる専門家同行体制を確立。理想的には、各自治体に野生動物の専門知識を持つ職員を配置*8

などでしょうか。

おわりに

僕はツキノワグマの生理生態に詳しいわけでも、現地を見てきたわけでもありません。事態が収束するまで発言をなるべく控えようと思っていたのですが、上記協会の放言や米田氏の広報努力などを見、情報と考えをまとめておこうと書きました。
状況が進展し次第追記・修正を行う予定です。また、「ここが違う」「これはおかしい」等のご指摘がありましたら、コメント欄にて教えていただければ幸いです。

関連記事

以前書いたものです。捕殺されるクマには心が痛みますが、ヒグマやツキノワグマの恐ろしい面を通じて、それもやむを得ないのではないかと考えてみた記事になります。

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2016.06.15 13:30修正:日本ツキノワグマ研究会の後、誤った略称(JBN)を記載してしまっていたので削除しました。JBNは日本クマネットワークの略称です。大変失礼致しました。
2016.06.15 15:00修正:僕の雑感-「クマの怖さについて」の表現を修正しました。また「事故の経過まとめ」に、JBN報告書より東北地方でのツキノワグマ人身事故についての記述を追加しました。
2016.6.16 01:55追記:熊森協会の公式ブログ記事が更新されたため、引用部を追記しました。
2016.6.16 9:45修正:「熊森協会の主張に関する雑感そのいち」の、ツキノワグマの餌に対する執着について修正および資料を追記しました。
2016.6.19 12:50追記:今後の課題について追記しました。
2016.6.20 9:15追記:秋田魁新報のまとめ記事を追加しました。
2016.06.24 23:40追記:毎日新聞による米田さんの主張まとめ記事を追加しました。
2016.08.2 17:00追記:秋田魁新報の7月記事を追加しました。

*1:より強い個体に追い払われたとか、人の気配で隠れたり逃げたりした後に別の個体が食べたとか

*2:「動物は下がりつつある気圧の変動を感知し、これが不安としてストレス になり自律神経を介して血圧の上昇を促す」、動物は悪天候になる前に相対的高気圧時に活動性を高める、つまり悪天候の前に狩りをする、という考えに基づくもの。(6/4記事)

*3:氏は青森県のご出身で、秋田県職員として働いていたという現場感のある方

*4:もちろん、「勝手に入って勝手に食べられるから自己責任」では済みません。他にも被害が広がるため、入らないことが解決策のひとつであることは間違いありません。

*5:ラジオテレメトリーを行った調査、東中国山地におけるツキノワグマの生態調査より。「以上の移動放獣事例からは、ツキノワグマの餌への執着性が強い場合は、容易に餌をとりうる環境がある限り再被害がおこる可能性が高いことが示された。」

*6:日本ツキノワグマ研究所の2016.5.29記事より。「(死亡事故)翌日の捜索時にクマが遺体を守って蟠踞していた例は10件あり、遺体に強い執着がある。」「家畜を食害したクマは再犯している。」「クマは臆病で、経験の無いことに慎重だが、食害によって経験の鎖が切れると再犯する。狭い範囲で連続して事故が発生した場合、遺体に蟠踞したクマがいた場合は鋭意、除去しなくてはならない。」

*7:逆に言えば、公機関ができるのは「自粛の呼びかけ」くらいが限界で、熊森協会の言う「タケノコ採りを禁止」は実行不可能な案と言えます。

*8:自治体にもよるが、いきもの系技術者は非常に軽んじられている印象を持っています。