紺色のひと

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トキの襲撃事故からみる外来生物問題〜その2.誰が殺したニッポニア

はじめに

本エントリは、トキの襲撃事故からみる外来生物問題〜その1.なぜトキを殖やすのか - 紺色のひとの続編です。先日のトキ襲撃事故から、テンと外来生物の取り扱いについて、さらに人間が他の生物に干渉する行為について考えてみたいと思います。




今回の事故について

まず、今回の事故について整理してみましょう。

  • 3月9日夜、テンが佐渡トキ保護センター内の順化ケージに侵入し、それが原因で放鳥訓練中だった10羽のうち9羽が死亡。

http://sankei.jp.msn.com/science/science/100311/scn1003111130007-n1.htm

  • ケージを調査した結果、金網よりも大きい隙間が多数見つかり、テンの侵入が拒めない構造になっていたことが明らかに。

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20100315-OYT1T00059.htm

  • 昨年2月、繁殖ケージ(今回侵入された順化ケージと同じ構造)にテンが侵入し、捕獲ののち修理されたが順化ケージには未対策であった。

http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20100313-OYT1T00134.htm

環境省_「生物多様性国家戦略2010」の閣議決定について(お知らせ)


佐渡島におけるテンの位置づけ

Q,そもそもテンってどんな生き物なのか
A,とてもかわいい殺し屋です。
今回スポットが当たっている佐渡島のテンについて、簡単に紹介します。

テン(ホンドテン)(Martes melampus)は食肉目イタチ科で、日本国内では本州・四国・九州・淡路島・対馬に分布します。北海道および佐渡島には人為的な導入が行われ、特に北海道では徐々に分布を拡大しています。北海道には元来、近縁種のエゾクロテン(写真)が生息していますが、道南〜道央ではホンドテンに追われ、分布域が狭まっています。木登りが得意で、小型哺乳類・鳥類・両生爬虫類・昆虫類・ムカデなどの他、マタタビやヤマグワなどの果実類と多様なものを採食します。
佐渡島には元々生息していませんでしたが、1960年頃にホンドギツネと共に持ち込まれました。移入時の個体数は20頭強との記録が残っていますが、2003年度に新潟大学が実施した調査の結果、約2,000頭が生息しており、本州の生息密度よりも高いとのことです。テンが持ち込まれたのは、林業に用いるスギの幼樹が島のウサギに食い荒らされて困っており、その駆除を目的としたものです。
新潟県の外来種
ちなみに狂言佐渡狐」は佐渡の百姓がキツネを知らないことをネタにしています。まったく科学的な検証ではありませんが、少なくともこの演目の舞台となっている室町時代にはキツネがいなかったのかも、と思わせる内容ですね。
http://www.tarokaja.com/wiki.cgi?page=%BA%B4%C5%CF%B8%D1


テンをめぐる冒険

Q,結局ウサギはどうなったの?
A,おかげさまで減りました。絶滅しそうです。
ところで、テンが持ち込まれる原因となったウサギについて考えてみましょう。サドのウサギは本州以南に生息するニホンノウサギの亜種、サドノウサギLepus brachyurus lyoni)ですが、テンの移入の成果もあって個体数は減少し、近年あまりに減りすぎたのか、環境省レッドリストに指定されてしまいました。特に本種は平成14年度のレッドデータブック刊行時には指定されていなかったものの、再調査を行い平成19年のリスト見直しの際に新たに指定されていた種であり、近年個体数の減少が明らかになったと言えます。テンの移入(1959年)から減少が明らかになるまで(2007年)時間が開いているため、テンのみが減少の要因であるとは考えにくいですが個体数を減らしているのは事実と言えるでしょう。
さあ困りました。テンの移入によって林業に害するウサギが減少したはいいものの、今度はウサギが減りすぎて絶滅のおそれが出て来ました。どうしましょう。



Q,トキもやられてるし、もうテンを駆除しちゃえばよいのでは?
A,そうもいきません。何が起きるかわかりませんから。
トキも襲われているし、ウサギは希少種だし、もう危ない捕食者のテンなんか駆除してしまえばいいのではないか――という主張をされる方もいらっしゃるでしょう。
http://mainichi.jp/select/science/news/20100316k0000m040141000c.html

とりあえず、問題をごく簡略化した下図をご覧ください。
現在、テンの個体数が多く、ウサギに対して捕食圧(捕食者が被食者に対して個体数を抑圧する作用)がかかっています。厳密に言えばトキは飼育下にあるため、条件はウサギと同様ではありませんが、同じく被食者であると考えてください。

仮に、人間が駆除を行い、テンの個体数を減少させたとしましょう。

天敵の数が減ったウサギの個体数は増加すると予測されます。トキについても今回の事故が発生する絶対的なリスクは減ると言えるでしょう。他方、ウサギが増加することによって、農業や林業に対して食害が発生したり、またテンによって抑圧されていた他の種(例えばネズミの仲間など)によって別の問題が発生する可能性があります。
このように、捕食−被食関係について問題を単純化することは非常に困難であり、予測不可能な事象が発生する可能性を常に秘めていると言えます。言い換えれば、あちらを減らせばこちらが増えてハッピー、なんて思い通りにはいかないのですね。とはいえウサギの食害に悩まされた昔の林業従事者の方を責めることなど誰にもできず、現在僕たちにできることと言えば、状況と場所に応じてツギハギの対策を打つことくらいです。
佐渡島の場合、トキの種としての重要度が非常に高いので、トキを主眼とした他種への対策が取られています。トキの保護増殖計画内では、トキ放鳥後、自然条件下におけるテン捕食リスクを減らすため、営巣木やねぐら周辺でのテン排除対策を行うよう明記しています。
ただ、佐渡島の場合は非常に特殊な条件であり、他の場所でこのような対策を行う際、「希少種であるから」とレッドリスト指定の有無など一面からのみ判断するのは避けるべきです。希少種=善として保全外来生物=悪として駆除を行うのではなく、その土地や取り巻く状況に応じて調査の上、対策を決定するのが望ましいとされています。
なお、佐渡島におけるテンのように、「元来その地域にいなかったのに、人間の活動によって他の地域から入ってきた生物」のこと外来生物外来種)と呼びます。
外来種について[外来生物法]参照
この外来生物のうち、「移入先の自然環境に大きな影響を与え、生物多様性を脅かす恐れのある種」については特に『侵略的外来生物』と呼び、中でも特に在来の生態系に大きな影響を与える種を『特定外来生物』『要注意外来生物』と指定し、環境省による「外来生物法」により扱いが制限されています。
外来生物法の概要[外来生物法]参照

犯人探しの無意味さ

Q,結局誰が悪いの?
A,管理者としての責任は環境省にあると考えますが、それ以上遡っても犯人は見つかりません。

今回の事故により、環境省および飼育担当に必要以上のバッシングが為されているように感じます。前述の通りテレビは見れていないのですが、新聞報道の仕方や個人の日記などで責め立てるような論調を見ると胸が痛みます。
環境省として、テンの危険性にはもちろん気づいていました。保護増殖計画の中で放鳥後のテン対策に触れていることもあり、飼育時の管理が甘かったと言われればそれまででしょう。特に、過去に繁殖ケージへの侵入を確認・対策していたのに、短期間しか生活しない順化ケージについて同じ対策を行わなかったことについては、管理上の責任を問われても仕方のない状況であるとは思われます。しかし、トキの飼育及び放鳥に関しては、国内はおろか世界的にも前例の少ない事業であり、今回の事故については天敵に対する飼育時のリスク管理として今後に活かせるものです。大目に見ろと言うのではなく、反省すべき点を反省して次に繋げる努力をすべきと考えます。(既に環境省では再発防止策の検討に入っています)
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/niigata/news/20100317-OYT8T00091.htm
さて、藁人形叩きになるといけないのでこのあたりにしましょう。テンを、トキを、林業を、ウサギを、入植を、といくらでも原因を遡れる時点で、犯人探しは無意味です。



おわりに 〜「人間のエゴ」という批判

外来生物に関わる問題は、人間が自然に対して与える影響が非常に大きくなってきたことの裏返しでもあると言えるでしょう。本エントリの最後に、以前から漠然と感じていたある種の怒りを、ここで表明させて頂き、話を〆ようと思います。
「人間が他の生物に干渉すること」について過剰な反応を示す方に、少なからず心当たりはおありかと思います。遺伝子組み換えや外来生物、動物の飼育、果てはペットに関してまで話題は様々ですが、彼らの論調として例えば

  • 人間が他の生物に対して保護をするのはおこがましい
  • 人間も自然の一部
  • 同じ命に対して保護しようとか改良しようなんてのは人間のエゴ
  • 弄ばれる命がかわいそう

…などが目立ちます。正直なところ、僕はこういった論調に、怒りを禁じえない


生物種としてのヒトの特徴と言えば、直立二足歩行を行うこと、道具・言語を使用すること、地球上においては個体数が非常に多いと考えられること、などでしょう。現在、集団行動および道具を駆使した場合、他のほぼ全ての種をはるかに凌駕する個体の生命力を持ち、なおかつ他の生物種を捕食して生きる生物――それがヒトですが、現在の地球上において、ヒトが種として繁栄し過ぎていると僕は感じます。もちろん、だから滅びるべきとかこの種を食い殺せとか言うつもりはなく、繁栄し過ぎている自覚を持つからこそ、他の種に干渉せざるを得ない、と考えています。
ヒトは他の種がいないと、良好な生息環境を維持することが困難です。そして、自らの生息により、他の種を絶滅させたり逆に生残させる力を手に入れてしまいました。たくさんの環境問題がありますが、これらは地球のためを思っているというよりは、ヒト種の存続に好適な生息環境を維持するためのものと考えたほうがよりしっくり来ます。元よりエゴイスティックで、かつ他の種よりも自らの生存を考えるあたり、実に生物的ではありませんか? そして他の種を食い物にしているからこそ、ヒトのみではなく生態系全体を保全しなければいけない、だから環境問題に取り組む、と。
繰り返します。ヒトが知恵を手に入れ他種を脅かすほどの影響力を手に入れてしまった現在、残念ながらヒトを他の生物と同列に扱うことはできません。しかし、その多大な影響力を持つ自覚があるからこそ、他種の中でなければ生きていけないからこそ、共存というおこがましい言葉を口にせざるを得ないのではないでしょうか。


最後に、「種の保存法」第1条を引用します。

この法律は、野生動植物が、生態系の重要な構成要素であるだけでなく、自然環境の重要な一部として人類の豊かな生活に欠かすことのできないものであることにかんがみ、絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存を図ることにより良好な自然環境を保全し、もって現在及び将来の国民の健康で文化的な生活の確保に寄与することを目的とする。

エゴという人はこれを読んで、こう思うかも知れません。「結局人間サマのためじゃないか」と。仰るとおりです。アリだってアブラムシの世話をするでしょう。アリ自身が生きるためです。

ヒトだって、他の生物種がいなければ生きてゆけないからこそ、自分たちが環境に与える影響を少なく、なるべく自分たちが生きやすいように、と、エゴイスティックに恐る恐る生きているのです。自分たちが持っている智恵という武器が強大だという自覚を持っているからこそ、それを用いてなんとか生き延びてゆこうと試行錯誤しているのです。言い換えた言葉が「自然とうまくバランスをとって…」とか「自然との共生」なんて白々しいものになってしまうのはちょっと残念ではありますが。




参考文献:

からの孫引き

  • 日本の哺乳類[改訂版]/財団法人 自然環境研究センター編・東海大学出版会 より「テン」「ニホンノウサギ」