紺色のひと

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ニートの・山


尻別はシリ・ペッで山の・川。札幌はサッ・ポロ・ペッで乾いた・広大な・河。
誰から聞いたのだったか、もう忘れてしまった。もしかしたらいつかに自分で調べたのかもしれなかった。でも、昔なかったはずの言葉は、なんて言えばいいのだろう。


コンブなんてふざけた名前の温泉を抜けて、さらに進むとチセヌプリの看板が出る。チセはアイヌ語で家という意味です、シュウちゃん、なんて漫画もあったよね。そもそもあたしが目指しているのはチセじゃない。あたしが安心して居られるのもチセじゃない。今のあたしにはふさわしい山がある。そう、それがチセヌプリの東にちょこんと居座る山、ニートヌプリだ。
山登りなんて高校の部活っきりだった。あの頃あたしはまだ当然のように高校生で、男の子に混じってワンゲル部で登ったり降りたり縦に走ったりを繰り返していた。あんなに健康的だったのに、どうしてこれしきの山で息を切らせているんだろう。ハイマツとクマイザサに覆われたつまらない灰緑の風景がしばらく続いていた。


今日も昨日と同じ。特にやることもなかったので、あたしは高校の授業で使っていた地図帳で遊んでいた。目をつぶってページを開いて、尖った鉛筆を地図にそっと落として目を空ける。あたしは思わず吹き出してしまった。ニート、だって。振り返ると、壁にかかったままの60リットルザックはすっかりほこりをかぶっていた。そりゃそうだろう、何年ほうっておいたか分からないもの。なんだかザックに申し訳ないような気がして、あたしはもそもそと支度を始めた。着替え、タオル、トレッキングシューズを押し入れから出して、ナイフを取り出しやすいポケットに。最初だから大仰でもいいだろう、ストーブとブキも詰め込んだ。今まで部屋から出るのすらおっくうだったのに、その申し訳なさだけで自分がこんなに動けるのが不思議でたまらなかった。
ともかくあたしは決めたのだ。とりあえず、ニートヌプリへ。


3時間くらいで、ようやくあたしは山頂にたどり着いた。標高およそ1080メートル。モイワ山のちょうど2倍くらいだ。頂上の吹きさらしでは秋風もずいぶんと冷たい。ストーブを出してお湯を沸かして、ものすごく甘いコーヒーを入れて飲んだ。インスタントの安っぽい味が上顎の裏にくっつくようで、あたしはその感覚の懐かしさが嬉しかった。まだ登れたのだ。
雪が降る前にもうちょっと遠出して、また甘いコーヒーを飲もうと思った。とりあえず、帰り道で道内の地図と、新しい鉛筆を買う必要があるなと考えた。
さて、日が暮れる前に降りなければ危ない。昼過ぎの高い日を一度見上げ、山頂の説明看板にちらりと目をやってから、あたしはザックを背負って山道を辿り始めた。ニトヌプリの語源はニドム・ヌプリ、森のある山です、なんて丁寧な文句は見ない振りをした。縁起をかつぐには、知らないほうがいいことだってあるのだ。


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思いつきだけで書かないほうがいいかもしれない。