紺色のひと

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タカナのおばちゃん

同年代・同郷の友人と比較すると、僕の実家の親戚づきあいは深いほうなのかな、と感じている。古くから札幌に居るひとたちであり、居住地が市内に固まっていることもその一因だろう。友達が「田舎のおばあちゃんから送ってもらった」と果物などの話をしているのを聞いて、梨が好きだった僕は、どうして僕の親戚は道外にいないんだろう、なにも送ってもらえない、と不満だった。

近所に、祖母の妹が住んでいる。タカナのおばちゃんとしよう。おばちゃんの孫が僕より少し上くらいの美人姉妹で、僕が小さい頃は彼女らによくかわいがってもらった。今はふたりとも結婚し、祖母の妹は今は娘さんと暮らしている。
幼い頃から僕は、タカナのおばちゃんをはじめ親戚方に「ヒデは結婚しないのかい」とよく言われて来た。子供なりに当然するものだと思ってはいたけれど、成長して自身を知るにしたがって、自分にまともな結婚ができるか、相手がいるのか、そもそも女の子と付き合ったりできるのか、だんだんと不安になってきつつもあった。そんな不安をどこかに抱えたまま高校を出て内地の大学に入った。
大学を卒業し、実家で暮らし始めた頃、祖母が高齢者向の施設に入った。僕の両親はタカナのおばちゃんを連れて祖母に毎週末会いに行くようになった。半年か一年に一回くらいだったタカナのおばちゃんと僕との会話は、僕の祖母を介すことで、月に一度か二度くらいになった。
実家を出てひとり暮らしを始め、長く付き合っていた恋人と別れた。祖母の見舞いに行く回数は減り、おばちゃんとの会話はまた少なくなった。

そんな折、僕は久しぶりにおばちゃんと一緒に祖母に会いに行った。施設の祖母の部屋でタカナのおばちゃんに「シゲは結婚するのかい」と聞かれた。またか、と僕は思った。僕は笑って「いやあ、おれはおばちゃんとちっちゃい子にしかもてないから、できるかわかんないよ」と答えた。タカナのおばちゃんは皺だらけの手で僕の手を握り、そんなことないよ、シゲならいいお嫁さんが見つかるよ、と言い聞かせるように、僕の目を見て言った。イケメンだし、ねえ。老いた姉妹が顔を見合わせて笑っていた。祖母の部屋にはメガネだけが僕に似ている、ヨン様のポスターが貼ってあった。僕の弟のほうがヨン様には似ている。僕と弟は似ているけれど僕はヨン様には似ていない。きっと坊主頭のせいだと思った。


それから、四年。僕は結婚した。式にはおばちゃんを呼べなかったけれど、先日、式の写真を見せる機会があった。タカナのおばちゃんは妻の顔を見て、まあ、こんにちは、と言い、それから式の写真を見てしきりに妻の写りを褒めた。打掛似合うわねえ、ドレスも。おばちゃんはとても嬉しそうだった。
「ほら、ちゃんといいお嫁さん見つかったじゃないか」おばちゃんは言った。おかげさまで、と僕は答えた。おばちゃんは僕の顔を見上げて、「まったくこの子は、年寄りと子供にしかもてない、とか言っといて、ちゃんと見つけてくるじゃないか、あんた」と言った。おばちゃんはとても嬉しそうだった。なんとなく、目が潤んでいるようだった。僕は自分がそんなことを言ったのも忘れていて、ああ、うん、としか答えられなかった。
その日は朝方から冷え込んでいて外は寒かった。車の外に出てきていたおばちゃんの手は乾いて冷たかった。「じゃあ、またね」おばちゃんは僕の両親の車に乗り込んで、僕たちに手を振った。祖母に僕たちの式の写真を見せに行くのだろう。


そんな先週の出来事を唐突に思い出して、休日出勤した職場でひとり涙ぐんでいるおれである。