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紺色のひと

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ありもしない故郷

先日最終回を迎えた、Webマガジン「あき地」でのメレ山メレ子 id:mereco さんの連載「メメントモリ・ジャーニー」によせて、自分の痛々しい部分を言語化してみる試み。

メメントモリ・ジャーニー - 新しい故郷 | ウェブマガジン「あき地」
※以下の引用部はすべて当該記事のもの。


生死と旅、現在とこれからの生活といったテーマに対し、メレ子さんが連載を通じご自身に真摯に向かい合って言語化されているように感じられた。それは「すばらしい」「素敵な」「好きだ」という肯定的な表現に加えて、どうもすっきりしない、心がちくちくと突かれるような独特の読後感を残した。
連載第4回「越後妻有、怒濤のセンチメンタル」で、『たまに帰省することはあっても、大分に住むことはおそらく一生ない。それでいいのだという思いとわずかな後ろめたさの間で、細かく針が振れる』と表現された地元という存在。自分の地元とよその地元に、それぞれ何を求めているのか。このたび最終回を読んで、ちくちくの正体少しだけわかった気がした。

ごくまとめて書けば「ありもしない故郷を探している矛盾を自覚した」になるのかもしれない。何度となく繰り返した自問自答を、そこに至る過程をもう一度言葉にしてみようとしてこの文章を書く。
誰かの書いたものに心うたれているばかりでは駄目なんだと、それをきっかけにして自分が何かを考えることができるなら、もっと自分の言葉を掘り起こして表現しないといけないはずだ、と言い聞かせながら。

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帰省しても、地元の友人には連絡しない。Facebookでは小学校や中学校の同級生ともつながっているが、ニュースフィードに流れてくるのは第二子や第三子の七五三の写真などで、時の流れにめまいがする。ネットで知り合った人の子供の写真には「大きくなったねぇ……」と素直に感動できるが、小中学校の同窓生の飲み会写真を見ると、人間関係の地続き感に恐れ入ってしまうのだ。

Facebookに出てくる地元が怖いのは、一度も人間関係のリセットボタンを押していない人たちの博覧会のように思えてしまうからだ。地元を離れ、何度かコミュニティを変えながら暮らしてきた結果として、自分がより自分でいられる場所を探しつづけ、そうでない場所や人からは全力で逃げることの大切さを痛感している。


中学の同窓生は今も、年に一度集まっている。僕も何度か顔を出してみたが、当時の関係性がその場でそっくり再現されてしまうことの恐怖感と、それを当然として受け入れているように見える彼らと上手に喋る自信がなく、ここ数年は参加しなくなってしまった。
少クラス制の小中一貫校であったこともあり、仲の良し悪し以前に同級生が皆幼馴染のように付き合っているのだが、僕はその中で確かな劣等感を覚えていた。
「人間関係の地続き感」「一度も人間関係のリセットボタンを押していない人たちの博覧会」というのは不思議な表現だと思った。いや、皆あちらこちらのコミュニティでそれぞれの生活を営んでいるはずなのに、集まったそこでだけ当時が再現されてしまうのは何故なのだろう。何度か参加した同窓会では、クラスが違ってほとんど話したことのなかった女子とは話が弾んだけれど、当時一緒に遊んでいた男子とは物怖じしてしまってほとんど喋ることができなかったのだ。
結局これは、僕自身が当時の自分をどうしようもなく許せずにいるからなのではないか。「あの頃があったから今の自分がある」なんて言葉で片付けられない程、僕は僕を憎んでいる。当然手が届くことのなかった、ステレオタイプな甘酸っぱい学生恋愛を送ることができなかった自分を憎んでいる。

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自分への許せなさが、やるせなさがある。いつも思い出してしまうのは中学生の、そして高校生になっても「自分に正直に」という言葉を通じて周囲にエゴを叩き付けていた自分のことだ。スピッツの歌に「15の頃のスキだらけの僕」というフレーズがあって、僕はその歌を口ずさむたび、取り返しのつかないことをしてしまったような気になる。
中学生の自分を捨てきれず、高校生の自分を直視できない。それでも、あの頃に触れた空気感に――その空気を隔てて、自分が触れられなかった何かに、今も手を伸ばし続けているような感覚がある。

一言で言ってしまうなら「ないものねだり」で充分だとわかっている。
叶わなかった生活を、成し得なかったステレオタイプの青春を、苛立ちながらまだ探している。僕の体はすでに大人になり、社会人としての生活も板についてきているけれど、ふとした場面で「自分が取りこぼしてしまったかもしれない青春」の匂いに振り返ってしまう。郊外の道路を運転しながら、橋を越えるたびに川に一瞬目をやり、水面に心を奪われるも視線を先に戻さなければならない、そういう感覚に近い。時折、川端に車を停めて、少しの間川を眺めてみると、心が確かに休まるのを感じつつも、まだ走り続けなければならないことを思い出し、また車に乗り込む。僕の生活はハイスピードで走る車で、記憶は橋から見る川だ。


夜、隣町を散歩していた。気温は20度近く、あたたかく少しだけ湿った夜だった。
町中を流れる川のそばの駐車場に車を停め、並木道を歩いた。対岸の道路を通る車のヘッドライトがこちらを一瞬だけ照らし、また街灯だけの暗さに戻る。半月は霞のようなかさに覆われ、少しだけ星も見えた。田んぼからは遠く、カエルの声は聞こえない。
川沿いの神社にさし掛かったとき、境内の暗がりに、ちらりと人影が見えたような気がした。目を凝らしても誰もいない。多分本当に、誰もいなかったのだろう。しかし僕は意識をそちらに向けてしまった。向けなければ良かったのに。
そこは言ってみれば、学校の体育館裏のような雰囲気だった。僕にとっては「中高生が女の子に告白しようと意を決して呼び出すのにうってつけの場所」と同じ雰囲気であり、途端に僕の胸は当時のように締め付けられた。
僕にそういう甘酸っぱい告白の経験があるのかはどうでもいい。いやあるのだけれど、この際それはどうでもいい。僕が知りたかったのは告白のその先の関係性だった。そして僕は、この胸の痛みしか、直前までの高揚しか知らないのだった。

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最近、自分にとって「遠くに行く」とはどういうことなのか、よく考えている。

自分の心がもうひとつ遠くに行くために、何かを育てる。別に子供を産むとか、そういうことばかりではない。目の前の仕事を、もう一段丁寧にやる。自分と他人が心地よくいられる場所を作る。痛みを伴う正直な文章を書く。切り花を飾る。こういう小さな生きものが安心して暮らせるようにする。メールにもうちょっとマメに返信する。そうしたことのひとつひとつが、今いる場所を新しい故郷に育てていくのかもしれない。

昔読んだ漫画の「わたしは ときどきどこかとおくへ行ってみたくなる どこに帰ったらいいいか 自分で選ぶために」というフレーズが頭に残っている。
遠くへ行くために、どこかに自分の拠り所になる場所が必要なのかもしれない。僕にとってそれは地元ではなかった。5月の連休で地元を訪れたとき、自分の故郷である札幌に対する執着をほとんど感じないことを自覚した。
若くつらい記憶の舞台、ないものねだりの舞台でしかない土地を離れて、僕はありもしない故郷を探している。


家族という単位で楽しく暮らせる場所がそうなのだとわかってはいるのだけれど、それがどんな土地なのか、僕はまだ探し続けていたいと思う。拙い言語化を繰り返しながら、道の途中で目に留めた川のひとつひとつを遡るように、辿るようにして。



君と暮らせたら

ハチミツ

ハチミツ

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