紺色のひと

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ウナギが絶滅危惧種!? レッドリスト選定について

土用の丑の日」など、日本の食卓に馴染みの深い魚のひとつであるウナギ。日本には「ニホンウナギ」という種類が主に生息し、古くから食材として利用されてきました。このニホンウナギ絶滅危惧種に、という衝撃的なニュースが流れたのをきっかけに、背景などを整理してみました。


◆はじめに

2013年2月1日、「ニホンウナギ絶滅危惧種に指定」というニュースをNHKが報じていました*1
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130201/k10015212801000.html

日本の食卓になじみの深いニホンウナギについて、環境省は、生息数が激減していると判断し、絶滅の危険性が高い「絶滅危惧種」に指定することを決めました。

ANNニュースでは。



本エントリでは、このショッキングなニュースについて、「ウナギってどんな魚?」「どうして選定されたの?」「これからどうすればいいの?」ということについて考えてみたいと思います。
【14.09.25追記】
レッドデータブックおよびレッドリストにおいては、絶滅のおそれのある種は『掲載』あるいは『選定』されるもので、法的規制を伴うような『指定』という言葉は使わない(参考)とのことなので、本記事内ではリンク先で「指定」とされている場合を除き、「選定」で統一しました。



もくじ

ニホンウナギってどんな魚?

ニホンウナギAnguilla japonica)(以下「ウナギ」)はウナギ目ウナギ科の魚です。国内では北海道十勝地方以南の本州、四国、九州に広く分布し、川の中下流部や湖沼などに生息しています。日本には他にも大型になるオオウナギなど*2がおり、川にすむ大型にょろにょろ系としてはタウナギタウナギ目:名前や姿は似ているがウナギとは遠い)カワヤツメ円口類:魚ではない)などがいます。

ウナギの生活史として特徴的なのは、なんといっても川と海を行き来する回遊魚であること。川をのぼる魚と言えばサケが有名ですが、サケが「普段は海で生活し、産卵のために川に上る」のとは逆に、ウナギは「普段は川で生活し、産卵のために海に降りる」サイクルを持っています。
ウナギがどこで産卵しているのか、幼生がどのような生活を送っているのかは長年の謎とされてきました。最近の研究により、マリアナ諸島沖の深海で産卵し、生まれた幼生(レプトセファルスといいます)が海流に乗って北上、やがて稚魚のシラスウナギに変態し、孵化から約半年たってようやく日本の河川にたどり着くことがわかっています。川で数年間生活した後は、また産卵のために太平洋に出るのです。


本図はMSN産経ニュース「天然ウナギの謎 東大チームが解明、幼生の餌を突き止める」より引用させていただきました


生活史が解明されたことで、ウナギの養殖にも寄与するのでは、と考えられていますが…?
続いて、なぜウナギが絶滅危惧種に選定されたのか、その背景についてみてみましょう。


◆ウナギ「絶滅危惧種」選定の背景

そもそも、どうして絶滅危惧種に選定されたのでしょうか。
レッドリスト改訂に関わる環境省の報道発表資料をみてみましょう。
平成25年2月1日 第4次レッドリストの公表について(汽水・淡水魚類)(お知らせ)−環境省 報道発表資料

ニホンウナギには海域で一生を過ごす個体と、海域から河川に遡上し成長した後、産卵のため再び海域へ下る個体の存在が知られている。前回見直しでは、河川に遡上する個体が産卵に寄与しているかなど、生態に関して不明な部分が多いことから情報不足(DD)と判断していた。しかし、2012年5月にスコットランドで開催された国際魚類学会で、九州大学を中心するグループの研究発表により、産卵場であるマリアナ海溝で捕獲されたニホンウナギ13個体すべてにおいて、河川感潮域に生息していた証拠となる汽水履歴が確認され、また淡水履歴がないものも4個体に限られることが明らかとなった。これにより河川へ遡上する個体が産卵に大きく寄与していることが確かめられ、これに基づき改めて評価を行った。
ニホンウナギについては、農林水産省が公表している全国の主要な河川における天然ウナギの漁獲量データ(漁業・養殖業生産統計,1956年〜)が存在する。日本の河川に遡上する成熟個体数の総数及びその動向は不明であるが、この漁獲量データから少なくとも成熟個体数の変動は読み取れると考えられる。ウナギの成熟年齢は4-15年と考えられており、漁獲量データ(天然ウナギ)を基にした3世代(12-45年)の減少率は72〜92%となる。
以上より3世代において、少なくとも50%以上は成熟個体が減少していると推定されることから、環境省レッドリストの判定基準の定量的要件A-2(過去 10年もしくは3世代の長い期間を通じて、50%以上の減少があったと推定される)に基づき、絶滅危惧IB類(EN)に選定した。


ちょっとわかりにくいと思うので、整理してみます。

  1. ウナギには、一生を海で過ごすものと、川と海を行き来するものがいる。
  2. 行き来する個体が、ウナギ全体の産卵…つまり資源量の増加にプラスになっているか不明だった。
  3. だから、前回(5年前)のリスト改訂では「情報が不足してるけど、気にしておこう」という選定をしていた。
  4. 新たな研究で、「川と海を行き来する個体が、ウナギ全体の産卵に深く関わっている」ことがわかった。
  5. 一方で、天然ウナギ(上記「行き来する個体」)の漁獲量は減少している。
  6. ウナギが、この3世代の間に、少なくとも半分以上減少していると推定した。
  7. これをもって、絶滅危惧ⅠB類(近い将来における野生での絶滅の危険性が高いもの)に選定した。


二言で言ってしまえば、「日本で獲れるウナギが大幅に減っている」「それらが産卵に参加しているのが明らかになったので、今後のウナギの種の存続に関わる」といったところでしょうか。



もうちょっと、きちんと書いてみましょう。


先程ウナギの生活史で「川で暮らして海で産卵」と書きました。
実はウナギは「一生海で暮らす」ものと「川と海を行き来するもの」の2パターンに分かれています。どちらも海で産卵するのですが、このうち「行き来するもの」……つまり、日本で獲れるウナギが、産卵にどれだけ関わっているか、まだ明らかでなかったのですね。
しかし研究の結果、産卵に来ていた13個体すべてに汽水域(川と海が交じり合うところ)で暮らしていた形跡があり、しかもうち9個体は川に上っていたことがわかったというのです。
つまり、「川と海を行き来するもの」は、ウナギ全体の産卵に大きく寄与している、単純計算すれば、ウナギの約7割が「行き来するもの」だと考えられることになります。


この選定に大きく関わってくる要因として、日本におけるウナギ漁業の形態があります。
ウナギは、サケのように「親をつかまえて卵を取り出し、稚魚を育てる」タイプの養殖ができません。深海で捕まえるわけにはいきませんからね。なので「海で生まれ、日本沿岸に戻ってきたシラスウナギを捕獲し、それを生け簀で育てる」という養殖を行っています*3
このウナギ養殖漁業にも、シラスウナギの減少や高騰など、多くの問題を抱えているとのことです。
http://www.nhk.or.jp/sakidori/backnumber/120715.html


本図は土用の丑の日にウナギについて考える | ワシントン条約情報と野生生物取引情報:トラフィックイーストアジアジャパンより引用させていただきました


◆これからどうする、日本のウナギ

ウナギの資源量減少に関して、今回のレッドリスト選定に加えて、ワシントン条約への登録も検討されていました。昨年、時の農林水産大臣が「『(ウナギは)特別に資源が枯渇している状況ではないだろう』と規制に慎重な姿勢を示した」という残念なニュースも流れましたが、ウナギの減少、そして今後の資源管理といった問題が急務であることは間違いありません。


こういった資源管理上の問題点については、昨年夏に読み応えのある記事がいくつも発表されていましたので、ここで紹介します。


ウナギが食べられなくなる日 | ナショナルジオグラフィック日本版サイト井田徹治氏(共同通信社
乱獲を是とした漁業体制の問題と、薄利多売の消費体制に関して。また外国産ウナギが養殖として持ち込まれることについての危険性について指摘しています。全三回。


漁業 「環境の変化」という魔法の呪文 ウナギ激減に無自覚な加害者・日本人 あたかも被害者であるような誤解 WEDGE Infinity(ウェッジ)片野歩氏(水産会社)
ウナギの減少に対し、世界一のウナギ消費国である日本の責任と、科学的根拠よりも経済的理由を考慮した資源管理体制に疑問を投げかけています。


ウナギを食べ尽くすのではなく、資源回復を - Togetterまとめ勝川俊雄氏(三重大)
twitterで積極的に漁業管理問題について発言されておられる勝川氏の、ウナギに関する問題のまとめ。勝川氏は自身のブログで、ヨーロッパからウナギを輸入することで、ヨーロッパでのウナギ資源量の減少に寄与してしまった点について書かれています。→勝川俊雄公式サイト - 欧州の食文化を破壊する日本の魚食 その1


土用の丑の日にウナギについて考える | ワシントン条約情報と野生生物取引情報:トラフィックイーストアジアジャパン
ウナギ減少に対し、取るべき対策についてまとめた記事。日本のみでなく、東アジア一帯での保護管理等についても触れています。



ここで述べられている対策について、多くの意見がありますが、

  • 資源が回復するまで、シラスウナギの漁獲量を制限する
  • 内水面(川や湖沼)における天然ウナギの漁獲量を制限する

など、漁業管理上の対策が急務であることは共通している印象です。
その他、並行して考えなければならない問題として、

  • 海外からの輸入による外国でのウナギ資源量減少に対応
  • 国内での消費のあり方について啓蒙(安くたくさん食べられる現状への疑問を提示)

などが考えられるかと思います。

また、忘れてはならないのは、ウナギが生息できる河川環境を保全していくこと。シラスウナギの乱獲のみが原因なわけではなく、成魚が暮らせる中下流部の環境を……流れの緩やかな”ワンド”の保全や、周辺植生の維持など、課題は山積みと言えます。
僕はウナギが大好きですが、去年は食べませんでした。いち消費者として、ウナギを今後も利用してゆくにはどうしたらよいか、考えてゆく必要があると思います。



◆【補足】レッドリストの改訂について、またその他の魚

絶滅危惧種」は、環境省の「レッドリスト」により選定されています。「レッドデータブック」という言葉を聞いたことがある方は多いのではないでしょうか。
レッドリストは5年に1度改訂されることになっており、今回のウナギは情報が更新されることでランクが上がった種類と言えます。
その他、魚類での話題としては、

  • 2009年に再発見されたクニマスが「絶滅」選定から「野生絶滅」選定へ
  • 新たにドジョウが「情報不足」選定へ

が紹介されています。


クニマスに関しては、拙ブログ記事「ギョギョー!「クニマス絶滅してなかった!」の何が凄いの? - 紺色のひと」にて解説しておりますので、併せてお読みください。

また、「絶滅危惧種」という言葉、選定について解説した記事として「絶滅危惧種を殺しても罪に問われない! - 紺色のひと」をご参照いただければ嬉しいです。


参考資料:上記引用記事のほか
ニホンウナギの資源状態について−独立行政法人 水産総合研究センター ウナギ総合プロジェクトチーム(pdf)
ヨーロッパウナギの輸入規制はじまる|持続可能な漁業の推進|WWFジャパン
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/126786.html


(14.09.25 レッドリスト「指定」「選定」の言葉遣いについて修正しました。文中で指定という語を用いていたため、一部を除き「選定」に置き換えています。)

*1:ニュースは4時26分付け、環境省の報道発表資料WEBの公開は10時頃

*2:ニューギニアウナギが九州に生息しているとされている

*3:参考:うなぎネット−シラスウナギ