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紺色のひと

思考整理とか表現とか環境について、自分のために考える。サイドバー「このブログについて」をご参照ください

寮私小説『モーニングスター』3.四天王、来札

私小説

「――というようなことをさ、現在のおれの状況とか交えながら書いて行こうと思うんだけど」
僕のアパートに着き、荷物を降ろしたふたりに言った。
「きっかけがあってさ、寮小説書こうと思ったわけ。でも、おれのことだからなんか自分以外に急かされないと完成させられないってわかってたからさ、ほらレポートみたいな感じで。だから市内のイベントっつーか、いわゆる『同人誌即売会』みたいなのに申し込んで、それを締め切りとして設定した!」
即売会、という言葉が出たときに江国はにやりと笑った。藤沢は表情を変えず、僕の言葉の続きを待っているようだった。
「で?」
「や、それ来週開催なんだよね」
「いや、書けよ」
江国は机の上の消しゴムのカスを掃くようにそう言い、それからベッドサイドのテーブルに積み上げてあった本の山の上からひとつのファイルを引っ張り出し、その中のちらしを見て「これか」と僕を見た。
「そうそれ、書くよ。だからこそ、今日ふたりが札幌に来るから話をしようと思って座談会の用意もしたわけだ」



七月の三連休を利用して、江国と藤沢が札幌に遊びに来ることになった。
あの金星寮を出た後、江国は地元の埼玉で臨時教員や派遣として技術職に、藤沢は国家公務員に、今日来られなかった小花は茨城で大学院生として研究を続けている。そして僕は、地元であるここ札幌で、営業みたいな仕事に就いていた。
ふたりが札幌に来ることに決まった日、僕は恋人のさをりの予定を聞き、連休のうち一日を空けてくれるように頼んだ。自分自身、彼女にする話の半分以上が大学のことで、さらにその八割が寮のことであることを自覚していたから、なんとしてでも彼女を彼らに、また彼らに彼女を会わせたかったのだった。彼女もそれを快く受け入れてくれ、おまけに「あなたの話の登場人物が動いてるところを見られるなんて面白そう」とまで言ってくれた。
先に札幌に着いたのは藤沢だった。なんの出迎えの用意もしていなかったことに気づいた僕は、駅の旅行パンフレットの中から裏に印刷のない利尻・礼文旅行パックツアーのちらしを二枚抜き取り、シャープペンで

金星寮
フジサワ様

と大きく書き、胸の前に大きく掲げた。
「さをりさん、片方持ってよ」
「嫌だよ、シゲオくんが両方持てばいいじゃん」
「ああいいよ、そんなこと言うなら両方持っちゃうもんねー、フジサワさまー!」
などとやっているうちに僕の記憶よりも少し精悍になった男、藤沢が立っていた。
こうして僕が書いているのが有体な小説ならば、ここで登場した彼の顔立ちや服装について、髪がどうで目鼻立ちがどうで顔の彫りが深いとか浅いとか靴がどういうのでとだらだら明記するところであるだろうと思うのだけれど、語り手であるこの僕は、あいにくそんな洒落たことは行うつもりはない。一言で言えば藤沢はどこに出しても恥ずかしくない二枚目であり、厚い胸板によく合うオサレTシャツやポロシャツを着用していることが多い男であって、今回もそうだった。
彼や、そしておそらく僕を含めた連中の人となりを評するのに服装の描写から入るのは間違いだと僕は思っていて、それはなぜかと言えば、性格や好みを体現したのが普段の服装である、というのを地で行くのが僕たちだったからだ。だから機能的かつお洒落な藤沢、モノトーンの江国、いつも湿ったジャージの小花、古着か着流しの僕、と、ごく自然に明確な差が生まれていた。
ともかく、僕が金星寮を離れた日から二年と四ヶ月が経ったはずの今日、藤沢は僕の記憶のラインとさほど変わらなくて、それが僕をとても安心させた。
彼は一通り僕たちと挨拶を交わした後、
「ところでこの近くにユニクロ的なものはないだろうか、このとおり(と言って自分の迷彩柄のズボンを指差した)暑いだろうと思って一番薄手のしか持ってきてないもんでさ、寝巻き用に買いたい」
と言った。こうして寮内随一のイケメンであるところの藤沢を連れ、僕たちはひとまずエスタの上にあるユニクロに向かうことになった。安上がりであるところも変わっていないようだった。


僕たち三人が焼き鳥屋で飲み始めてしばらくした頃、江国からあと少しで駅に着く、という内容のメールが入った。僕と藤沢は皿の上の串を口の中に詰め込み、江国を迎えに再び改札口へと向かった。
僕は再び利尻・礼文パックツアーのチラシを手に取り、裏にエグニ様、と書いて藤沢に手渡した。「金星寮」の紙を手に持った僕と藤沢が並んで改札のほうを向いて立ち、迎撃体制を整えたところで、江国の第一声と服装を予想することにした。
「やっぱ『うぉーい』だろ」
「それもありそうだけど、『最近どーよ』も捨てがたい」
「『うぉい』はどうだ」
「それっぽいな」
「服は? 全身黒かな?」
「暑いから、黒いTシャツに白の半袖シャツだと思う」
「あー、ジーンズじゃなくて黒の綿パンだろうな」
「違いない」
「鞄はあれだな、二泊でかつパソコンとカメラ入れてるから、あのベージュのでかいのだな」
ちらりとさをりさんのほうを見ると、にやにやしながら僕たちのやりとりを眺めているようだった。
「なに笑ってんのさ、……ともかく黒いTシャツに白い半袖シャツの前ボタン開けて、黒い綿パン履いて、ベージュのでかい鞄を肩に背負ってるやつがそうだから、探してくれ」
「あのひと?」
「いや違う、あんなに野暮ったくなくて、洗練された黒」
「じゃああっちは?」
「どれどれ、えーと、いやあれじゃない、もっと細いというか引き締まってる感じ」
そうしているうちに僕たちの前に現れたのは、グレーの細いパンツにシャープなデザインの黒いシャツを羽織った江国だった。いつも軽登山靴だった足元は、足先の尖った革靴に変わっていた。基本路線は同じものの、明らかに大人っぽい服装になっていて、僕と藤沢はこの野郎、なにかっこよくなってんだよ、と彼を迎えたのだった。
感動的というのとも違う、ついこの間まで一緒に生活していたかのように軽く挨拶を交わして歩き出した自分に気づいて、僕はやっぱり安心した。



 駅から地下鉄で二駅のところにある僕のアパートに入るなり、ふたりは声を上げた。
「シゲオの部屋っぽい」
「シゲオ特有の匂いがする」
「小奇麗な22号室だ」
僕は匂いなんかするかなぁ、と思いながら、途中のセイコーマートで買った北海道限定発売のビールと、北海道特有の飲料であるガラナやリボンナポリン、カツゲンとおまけの豆パンを冷蔵庫に入れた。
新幹線の中から飲んでいた藤沢、焼き鳥屋のビールが既にまわっている酒に弱い僕を交えても、缶ビールが空くペースは早かった。江国はゴールデンウィークに僕以外の三人が集まったときの様子を映したDVDを持ってきていて、それをパソコンで再生しながらツッコミを入れたり、唐突に思い出話をしたりした。さをりさんに通じなさそうな話のときは、僕が随時簡単な状況説明を入れながら話を進めていった。
「寮ではさぁ、悪いことをするひとがいると、そのひとに悪いことが起きるんだよね」
藤沢が話し始め、江国がツッコミを入れる。
「てかお前だろ、『そのひとに悪いことを起』こしてたのは」
「あれだ藤沢、向かいの部屋の話してくれ」
僕の煽りに藤沢が頷き、さをりさんに顔を向けて話し始めた。何度も繰り返した話でも、ひとり新しい聞き手がいると、改めて面白いのだ。
「おれの部屋の向かいにね、後輩がいたんですよ。あいつ名前なんったっけ」
「本田(ほんだ)」と江国が言った。
「そう、本田ってやつがいて、こう日焼けしててイケメンで、ダルビッシュみたいな感じのやつ」
「遊んでる感じのやつだったんだよ」
「だからダルビッシュじゃん、で、その本田がさ、夜とかうるさかった。
友達とかを部屋に呼んで、遅くまで酒盛りするわけ。それはそれでいいんだけど、夜中になっても滅茶苦茶うるさいから、向かいの藤沢が迷惑してたのね」
僕の補足に藤沢が続けた。さをりさんはじっと聞いていた。
「そう、それで、靴を外に投げたり、シャンプーにジョイを入れたりしてやった」
ジョイのくだりで江国が吹き出した。笑いどころがわからなさそうにしているさをりさんに、僕が状況説明をする。


――金星寮ではひとりに一部屋、約六畳が割り当てられている。しかし部屋の中のスペースを確保するため、ほとんどの寮生が冷蔵庫を廊下に置く。よって廊下は幅の半分ほどが両側に乱立している冷蔵庫で埋まっているのが普通の状態である。また多くの寮生はシャンプーや石鹸などの風呂セットを桶に入れて冷蔵庫の上に置く習慣があるため、部屋の外からでも細工が可能な状態にある。
また、寮内は原則として土足禁止であり、寮生は玄関で靴を脱ぎ、スリッパに履き替えて寮内を移動することが定められている。しかしあまりに寮内が汚いため、寮に訪れた友人の中には、土足でそのまま入ってしまう者もいる。ただ、それは招いた寮生が友人に指導する類のことであり、寮外生であるからといって土足が許されるわけではない――。


というようなことを僕は話した。土足のくだりが明らかになるのを待って、藤沢が続けた。
「それで、本田の部屋の前にたまってた靴を、廊下の突き当たりの裏口から、ぶわっと放り投げてやった、と」
「ぶっ」
「夜中になって、『あれ、靴ねぇぞ』『パクられたの?』とか言ってんの。で、本田が『藤沢さん、なんか知りませんか』って聞いてくるから、いやおれ寝てたからわかんないって」
話しながら藤沢が笑い出した。僕も笑いながら、もうひとつの『報復』の説明を促した。
「で、シャンプーのほうは?」
「それで、冷蔵庫の上のお風呂セットあるじゃん、本田のシャンプーの中に、洗面台のとこのジョイを、」
「台所用洗剤じゃないですか!」
笑いながら、調子の出てきたさをりさんが突っ込みを入れる。僕は既に床に伏し、腹筋の痛みをこらえるのに必死だった。
「その後、あいつの髪がキシキシになってたから、ああ効果あったんだ、って思った。ジョジョイのジョイやでー!」
当時流れていた台所用洗剤のコマーシャルの真似をしながら藤沢が話を続けた。
「ついでだったから、リンスの中にシャンプーを入れておいた。多分やつは、あれ、なんで泡が立つんだ、って思いながら頭洗ってたはずだ」
「リンスインシャンプー!」
今度は僕が突っ込みを入れた。江国と僕は本田の顔を思い出しながら、さをりさんは多分、彼の外見からは想像もつかない陰湿さに笑っていた。



寮の夜だった。
それは他にどう言い様もないくらい寮の夜だった。
さをりさんがアパートに帰った後も僕たちの話は続いた。そうして言葉少なになった頃、僕はキャンプ用のマットと寝袋を出し、ふたりはごく自然に歯磨きセットを出し、寝る支度を始めた。
実習での二段ベッドを除いて、彼らとひとつの部屋で一緒に眠ったことはなかったな、と僕は思った。そういえば江国を待つ間、藤沢とどこの店に入ろうか少し迷ったのも、駅前の居酒屋とかバーとか(そもそも町ではバーを探すことのほうが難しかったけれど)、寮の外でちゃんと飲んだことがなかったからだと気づいたのだった。
僕たちにとって飲みと言えば小花か僕の部屋で各自が酒を持ち寄ってやるもので、そこで江国か僕がご飯やつまみを作って、藤沢はジンを、江国は日本酒を、僕は芋焼酎とサイダーの混合物かカルーアを、小花はチューハイを持参し、麻雀をして飽きたらぽつぽつと喋りながら飲んで、というひどくだらけたものだった。昼飯を食うにも学食か近所の定食屋がせいぜいで、それは僕たちにとってごく当たり前の場所だったから、寮の外での飲み会といった、外での顔をよく知らないのも無理はないかも知れないと思った。
眠る場所や飲み会のことにしろ、僕たちは一緒に暮らしていながら確かに他人同士で、それでも生活の一部を共有していたという認識はお互いの強いところで為されていた。それすらも当たり前になってしまっていたあの時間と意識をこうやって言葉にするのはひどく難しく感じるけれど、「ちょうどいい距離感」とかで片付けてしまうのもなんだか違う気がして、僕は眠るまで思考を重ねた。
彼らの寝息が聞こえていた。





5.山霧が、晴れました



asay.hatenadiary.jp

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