紺色のひと

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熊森協会、初の北海道講演を傍聴してきた

10月30日、日本熊森協会では初めてとなる北海道講演が開かれました。僕は以前から「熊森協会の理念には大きな歪みがあり、どんぐり運びをはじめとする彼らの活動ではクマのためにも森のためにもならないのでは?」と感じ、本ブログ上で活動の問題点の指摘を行ってきました。実際に森山会長のお話を聞けるいい機会だと思い、参加してきたのでレポートします。


※熊森の公式ブログにおける講演レポートについて※
11月3日、熊森協会公式ブログである「くまもりNews」において、本講演のレポートがアップされました。熊森協会から参加されたのは森山会長のみであったため、記事を書かれたのは会長ご本人であると思われます。
読者の皆様におかれましては、以下のアサイによる講演記録と読み比べていただき、内容の要約や参加人数に意図的なものを感じないか、各自でご検証いただければ嬉しいです。
10/30 北海道初緊急くまもり集会(札幌)に25人集う−くまもりNews同ウェブ魚拓


当日の流れ

本講演は、「第一回 ヒグマを守るつどい」と題され、協会顧問である門崎允昭氏の講演会という位置づけで実施されました。当日は熊森協会会長である森山まり子氏も参加され、事前に申し込みのあった約20名が参加しました。講演は以下の流れで進みました。

  1. 主催あいさつ
  2. 出席者自己紹介
  3. 顧問 門崎氏による北海道のヒグマの現状報告
  4. 質疑応答
  5. 組織化・行動化

(このうち 5.組織化 については時間の都合上割愛されました)


以下、メモを元に発言内容等をまとめてみました。実際に発言された単語を用いながら、可能な限り文意を損なわずにまとめることを心がけました。また、個人のプライバシーに関わると判断できる点については省略してあります。
なお本記事はあくまで「講演の記録」であり、森山会長および門崎氏のご主張について、積極的に僕の意見を述べることはしません。ただし、僕がこの講演内容すべて(特に森山会長のご主張)に納得しているわけではありませんし、また一方で、この話し方(あるいは引用の仕方)は結論ありきの意図的なものだと感じた部分は何箇所もありました。
よって以下の記事では、そういった「いくらなんでも言い過ぎ」と僕が感じた内容についてのみ、茶色で補足を加えるに留めるものとします。



1.主催あいさつ

森山会長による開会のあいさつがありました。

内容は、

  • 今年8月、定山渓クマ牧場のヒグマたちが劣悪な環境で飼育されているというニュースが会員から入り、胸を痛めていた。また10月に入り、札幌でクマが大量に出没したり、恵庭市で殺されたクマの胃の中が空っぽだったと聞き、殺すばかりの対策をなんとかできないかと考えた。こういうのは勢いなので、顧問の門崎氏に連絡を取り、講演会を開催するはこびとなった。
  • 昨晩はクマを飼育している母体のホテルに宿泊した。飼育担当者には会えなかった。
  • ヒグマがどんどん殺されている。1988年以降、殺されている数をグラフにするとこんなん(右肩上がりの曲線)だが、知っているひとはほとんどいない。【アサイ注:北海道のヒグマの保護管理の「ヒグマ捕獲数及び被害状況」のデータを見ると、S63年以降に捕殺数が増加し続けているという事実はありません。】
  • タクシーの運転手さんに「今年クマはたくさん殺されていますね」と聞いたら「年に1、2頭では」と答えたので、「今年既に585頭ですよ」と伝えると「エゾシカではないか、道民はそんなことを誰も知らないし、マスコミで報道もされない」と言っていた。情報が正しく伝わっていない。
  • 日本熊森協会はクマをシンボルに、クマの棲む森とクマをセットにして日本各地に残そうと15年前から活動している。クマだけの愛好者ではない。
  • クマだけでなく、色々な動物が生き残っていないと人間も生き残れない。様々な種を個別に保護しようとするときりがない。クマが棲める環境を守れば、クマ以下の環境は自動的にすべて守られることになる。
  • 行政や研究者に「ツキノワグマが殺されていく一方なのをなんとかできないか」とお願いしたが、彼らは動かない、というより動けない。行政は組織で、個人の意思では行動できない。たまに個人でやろうとしても潰されてしまう。行政では限界がある。
  • 福島原発の事故は象徴的で、行政や政治家、大学の先生が言っていることを日本人は皆真面目に信じていたが、「なんだ全然違ってたじゃないか」ということがわかってしまった。
  • 冷温停止メルトスルーのことが新聞で話題になっている。核物質がメルトスルーしてコンクリート(容器)から地面に入ってしまっているから、原子炉の温度は下がって当たり前ではないか。そんな事実も国民に知らせず、いい加減なことばかりだ。
  • 誰かが声を挙げなければ。勇気を持って力を合わせ、世の中のおかしいと思うところに対して声を上げていかなければ何も変わらない。
  • 北海道のことはずっと考えてきたが、これまで本州で手が一杯で頭が回らなかった。ヒグマがどんどん殺されている中でなんとかしなければと門崎先生に相談した。いい機会だと思い「こういうのは勢い」なので第一回のつどいを持たせてもらうこととなった。

2.出席者自己紹介

出席者それぞれが自己紹介を行いました。出席者数は(出入りがありましたが)19名〜20名程度*1、挙手で会員を確認したところ会長は「3分の2ですね」と仰っていましたが、確認できた挙手数は8名でした。なお、北海道内の熊森協会会員は140名(会員の種別は不明)とのことです。
出席者は女性がやや多く、主婦の方から他の団体で自然保護活動をされている方、行政の方、野生動物に関わる研究に携わっている学生の方など多様でした。会員から強く勧められて来た、と紹介されている方が目立ちました。



3.顧問 門崎氏による北海道のヒグマの現状報告

熊森顧問である北海道野生生物研究所所長の門崎先生(農学博士・獣医学博士)より講演がありました。講演に先立ち、10月7日のNHKラジオ第一NHKジャーナル」にご出演された際の音源を再生されました。お話は10月上旬に発生した札幌でのヒグマ出没に関する話題で、内容は

  • 今回の騒動の元になっているヒグマは同一個体であり、繰り返し出没することで出没件数が増えているのではないか
  • 目撃されているのは好奇心が旺盛な若いクマと考えられ、明らかに山に帰っていくと考えられるため、そっと見守る姿勢も大事だ
  • クマは警戒心が強いので、鈴などの鳴り物を身につけていればクマのほうから去って行ってくれるが、ふいに出会った場合は攻撃される場合もあるので、出没が確認されている夜間の行動は注意が必要
  • クマは危険な動物との認識が一般的だが、どうすればお互いの生活圏を侵さずに共存できるかを模索することも重要だ

とのものでした。
特に「共生(お互いの利益になること)」と「共存(生息のテリトリーが重なること)」の差について強調され、人間はヒグマと「共生ではなく共存」できるよう、相手のことをよく知ることが重要だとのお話でした。


続いて講演の内容です。内容は、北海道に生息するヒグマについてと、その出没の原因やとりまく事象についてでしたが、お話が多岐に渡ったため、概要のみの紹介とさせていただきます。

  • ヒグマが人里に出没する原因としては、以下の4点が考えられる。今秋の大量出没はどんぐり不作によるものと報道されているが、どんぐり以外にも山に食べ物はあるため、どんぐりの不作によるものでは絶対にない。【アサイ注:北海道が予測した平成23年秋季のヒグマ出没予想【警報】(pdf)ではミズナラ・コナラ等どんぐり類だけでなくコクワ・ヤマブドウについても「並〜不作」の予報を出しており、どんぐり以外の秋の木の実も実成りがよくないようです(それでも餌は不足しない、とのご主張と思われます)。】
    • 餌を求めて市街地に出た個体。(果樹園に出没したものが該当)
    • 樹林地を徘徊中、道路に出てきて目撃された個体。(本来の出没地での目撃例で、居てしかるべきもの。携帯電話の普及により目撃件数が増加)
    • 母グマから独立させられた子グマが分散のため移動し、好奇心で市街地へ出没。(1歳6ヶ月〜8ヶ月齢、2歳8ヶ月〜9ヶ月齢の個体)
    • 発情期に、オスに追いかけられたメスが出没する。
  • 特に3点目、若いクマによる複数回の出没が今回の件数増加に繋がっていると思われる。このようなクマは100%人間を襲わないため、集団下校や入林規制などの対応はナンセンスである。こうした出没の際には、そのクマがどのような状況のクマかを見極めることが重要である。
  • 特に、何の目的(好奇心・食物・その他)で出没しているか、人的被害を与える可能性があるか(時間帯・人間に近づいて来るか・人間の食べ物をあさった形跡があるか)を判断して対策を行うべきである。
  • ヒグマの捕獲頭数データは過去142年分があるが、実際に捕った頭数とデータには差があるため、信頼できるかは疑問である。
  • 平成22年度に道内各市町村での捕獲数を見ると、知床世界自然遺産のある2市町村で計22頭も殺されていることになる。このような、殺し続ける対策を根本的になんとかしなければいけない。
  • 過去の事例から検証すると、クマに襲われた際の対策として有効なのは死んだふりではなく、ナタ等で反撃することである。
  • 恵庭で撃たれたクマの胃が空っぽだったことについて、マスコミ等は「どんぐり不作が原因だ」としているが、胃の中が空だった=食べ物がない、ではない。病気で食べられなかった可能性もあり、短絡的な結論に飛びつくのは危険だ。
  • クマは草、ドングリ、虫(アリや幼虫、ハチなど)の他、カエルからシカまで何でも食べる。どんぐりが不作だからと言って飢えるのは絶対にあり得ない。


後日、熊森協会さんにより撮影された講演ビデオがYoutubeにアップロードされました。


熊森協会による講演報告(魚拓)と比べてみてください。以下に引用します。

<門崎先生のお話の概要>

  • この大地は人間だけのものではないはずだ。
  • ヒグマは人間と共存できる動物である。
  • ヒグマは増えてなどいない。
  • 札幌などの町で、ヒグマの目撃が多発しているとして騒ぎになっているが、好奇心の強い同一グマだ。(中略)そっとしておくのが一番いい。そのうち山に帰る。学校の集団下校など、過剰反応過ぎる。全くする必要はない。
  • 今、北海道で殺されているヒグマは、どれも殺す必要のないものばかりだ。
  • ワイルドライフマネジメントを新分野の仕事として広げ、学生を就職させたい大学教授などが、行政が専門知識がないのをいいことに、いい加減なことを行政に伝えるので、行政が大混乱している。
  • ドングリ類が凶作でも、北海道の山には、(本州と違い)ヒグマの食べ物が他にたくさんある。
  • 人間がクマを殺さなくなっても、自然界はバランスをとっていくので、クマが増え過ぎたりすることはない。

協会の報告は、明らかに偏った要約であることがわかります。



4.質疑応答

5分間の休憩を挟み、ここから参加者が車座になっての意見交換会が始まりました。さほど積極的な発言は見られませんでしたが、参加者個々人が思っていること、森山会長への質問、今後北海道に熊森支部を立ち上げるならばどのようなことができるのかなどの話題について、参加者と門崎氏・森山会長との間でやり取りがありました。
また、質疑が始まる前に、参加されていた毎日新聞記者の方が退席されました。
以下、質疑応答の内容について概要を示します。

  • 森山会長)
    • 現在、熊森協会の会員は2万3千人であり、全国25府県で活動している。懇意にしている海外の自然保護団体として英のナショナルトラストがあり、イギリスではこうした自然保護団体に入っているのがステータスである。熊森も100万人規模の団体を目指している。
  • 参加者A)
    • 夏頃に協会のwebサイトを見た際は会員数が2万7千人となっていたが、数ヶ月で4千人も減少したのか?
  • 森山会長)
    • 一般財団化に伴い、これまでの会員に確認を取っており、移動中である(会員に継続の意思を確認した結果の減少だとの意)。
  • 道内の熊森会員)
    • 協会でとったアンケートによると、働きかけのためにできることとして「会員を増やす」「通信(会報)を売る」「web作成補助」「活動の足となる車を出す」「事務の補助」「講演会や会場のセッティング」「スタッフ参加」「オブザーバー参加」「行事参加(皮むき間伐)」などがある。
  • 森山会長)
  • 門崎氏)
  • 道内会員)
    • お金で、経済のために動くということか? 生命倫理ではなく?【アサイ注:そもそも林業は「木を植えて育て、その木を伐って売る」経済活動で、この方の発言を突き詰めると農林業全否定ともとれてしまいます。国立公園内における伐採と「木を伐る」ことに対する嫌悪感は別の話です。】
  • 森山会長)
    • 門崎さんの蓄積された知識などを後に継ぐ者がいないと本当に勿体無い。
  • 門崎氏)
    • 書籍として残しているのでそういう心配はいらない。
  • 参加者B)
    • 植樹活動の費用は?
  • 森山会長)
    • 現在、熊森協会で植樹活動はしていない。過去13年間で1万本を植えたが、シカ害対策の費用等を考えると難しい。現在は皮むき間伐による6割の間伐を行い、天然更新を期待している。
  • 門崎氏)
    • 育林のため、コクワやヤマブドウなどのつる木を伐ってしまう。これはクマの餌減少に繋がるため止めさせたいと主張している。
  • 森山会長)
    • 切られているのはコグワ? 桑の木のことか?
  • 門崎氏)
    • 違う。本州で言うサルナシのこと。つる木は北海道にたくさんあるが、ほとんど伐られている。全道面積の71.5%ある森林すべてで行われていると見てよいが、一般には知らされていない。【アサイ注:一般的に「つる伐り(つる払い)」は林業において健全な材を育成するために行われる管理手法で、林業の対象でない自然林で大規模なつる伐りは行われていないはずです(地域住民による管理等があれば別です)。道内の森林すべてでつる伐りが行われている、との主張は言いすぎと感じます。】
  • 参加者C)
    • こうして伐られていることも里への出没と関係あるのでは?
  • 門崎氏)
    • 全く関係ない。山の餌不足と(出没)は関係ない。
  • 参加者D)
    • 皮むき間伐について。北海道では道南にしかスギがないが、皮むき間伐の必要はあるのか?
    • 昨年、熊森協会で実施したどんぐり運びについて。効果や影響がわからない中、北海道でどんぐり運びを実施する予定や、行為の是非について門崎氏と森山会長にお聞きしたい。
  • 門崎氏)
    • 二つの理由から、どんぐり運びはやるべきではない。
      • (出没の原因として)餌不足はあり得ない(ため、必要がない)。道内にはどんぐりが4種(ミズナラ・カシワ・コナラ・ブナ)があるが、全て不作だったとしてもクマが食べ物に困ることは絶対にない。
      • どんぐりを持ってきてまく場合、国有林であろうと私有林であろうと(地権者の)許可が必要であり、難しい。
  • 森山会長)
    • 北海道と兵庫では状況が異なるので、混ぜて語るべきではない。
    • 兵庫県内ではツキノワグマが数えられるくらいにまで減って絶滅寸前。どんぐり運びのことは世の中で色々と言われているが、実情を知らない人が書いているだけで、我々はブナやミズナラを運んだことはない。(これらは)西日本では地域固有種で山の上のほうにしかないため、遺伝子の攪乱になり、運んでいない。どんぐり運びに関しては、「日本でこんなに調べてる人はいないだろう」という専門の研究者について行っているため、一般の方に批判されるような内容のことはやっていない。【アサイ注:昨年度、熊森協会では「都会の公園、学校、庭等」にあるどんぐりを全国から募集し、山へと運びました。東北地方からも多くのどんぐりが送られたものと思われますが、何トンも集められたどんぐりに「ブナやミズナラが含まれていない」ことを本当に確認したかは疑問です。ましてや集めたのはどんぐりの種類に詳しいわけではない一般市民の皆さんですし、断言する根拠が気になります。】
    • コナラ・クヌギマテバシイについてはまいたが、これらは過去に薪炭地として植えられたものであるため(遺伝子が)連続であり、固有の遺伝子というものはない。兵庫県(特有)の遺伝子などない。そこについている虫も徹底的に調べており、データはみんな持っている。その上で実施している。
    • 北海道へどんぐりを送ろうという声が一部であったが、もちろんそんなことはしない。それは駄目。
    • なんでもやっている訳ではなく、膨大な研究の上でやっている。何も知らない人が「熊森協会はいい加減にどんぐりを運んでいる」と言ったり書いたりしているが、全然違う。
    • 我々は一般に向けて「集めてください」とは言ったが、「運んでください」とは言っていない。運ぶのはもの凄く難しく、スタッフでないとどこに置いていいのかがわからない。北海道とは山の状況が全然違うので、北海道の皆さんで進めて。
  • 参加者D)
    • 北海道ではやらない予定、ということでよいか。
  • 森山会長)
    • 北海道の山のことはよくわからないので…
  • 道内会員)
    • やるかやらないか、を私達でこれから決めるのだ。
  • 森山会長)
    • 門崎先生が「どんぐりは不足していない」と言われているので…
  • 門崎氏)
    • 「どんぐりが不足していない」ではなく、「不作でも他の食べ物があるから(どんぐり運びは)する必要がない」と言っている。
  • 門崎氏)
    • 究極目標は、北海道の森林を江戸期以前の状態まで戻すことだ。偏った林政の結果こうなってしまったので、それを元に戻す必要がある。
    • シカによる農業被害が40億円と言われているが、本当にそんな額なのか疑問だ。一町歩の一部が被害にあっても一町歩として申請したり、大袈裟な水増しがあるのではないか。
    • 狩猟期以外にシカを有害駆除すると、一頭一万円の報奨金が出る。被害や被害額を増やし、それに対する調査費を増やすことで仕事にしている者がいる。
  • 森山会長)
    • 兵庫では、目撃例を増やそうと「クマを目撃したらすぐに連絡するように」と住民に通知されている。これはワイルドライフマネジメント関連の予算を増やし、それによって仕事を増やす利権の構造だ。
    • 「科学」という言葉がつくと、皆いいと思ってしまう。個体数など把握しようがない。自然は科学で分かるものではない。


質疑は約1時間半で終了し、道内会員の方が次の集まりを強く希望する形での幕となりました。今日すぐにでも北海道支部が結成される、という雰囲気ではなかったものの、今後結成される可能性は高いと感じました。





以下は、参加しての雑感としてお読みください。


雑感

熊森協会の主張や賛同者の方の発言をこれまで色々な場面で目にしてきましたが、実際に直接お話を伺う機会というのは初めてで、大変緊張しました。これまで公式ブログや会報を通じてしか見ることのできなかった森山会長のお話の内容など、とても興味深い講演となりました。
門崎氏のお話は、さすがに長年ヒグマを見ておいでの方だ、と思わせる内容で、これまでの豊富なご経験に基づいた結論と感じました。また森山会長のお話は、人に自分の意見を伝えるノウハウや数の力を意識された内容で、非常に勉強になりました。



ところで、気になった点があります。僕は、意見の異なる(いえ、同じような認識だとしても、です)他人に意見を伝えるためには、信用に値するだけの根拠が必要だと思っていました。今もそう思っています。しかし、「データに基づいている」と言われただけで、その中身も確認せずに、「そうなんだ、それなら安心だ、信用できる!」と思い込んでしまう方は実際にいらっしゃいます。知ってはいたものの、実際にその様子を目の当たりにし、僕は驚きました。


根拠というのは、誰が見ても納得するようなものである必要があります。例えば知人に「私の友達がこのやり方でガンを治した」と言われても、その知人の勧める怪しい祈祷でガンが本当に治ったかどうかは判断できません。
「体験」や「経験」のみを根拠に断言されても、それを信用することはできません。例えば週刊誌でセンセーショナルなニュースを目にしたとして、その記事がどんな情報を元に書かれたものかがわからなければ、そのニュースが本当かどうかは判断できません。
再現性のあるデータだとか、誰がやっても同じ結果になるような計算結果だとか、捏造が疑われない画像データだとか、「これなら信じてもいいだろう」と判断できる根拠を元に、誰かと議論したり、意見をやり取りしたりできるのだと思っています。(→参考:科学的根拠のある情報とは?


例えば、僕は上記のようなニュースを信用できないのと同じように、「膨大なデータに基づいて実施しているから問題ない」と言われても、データの中身も見ず、そもそもデータが本当にあるのかどうかもわからない状態で、その活動に問題があるかどうかを判断することはできません。むしろ疑わしいとさえ感じてしまいます。
言うまでもなく、どんぐり運びのことです。
本当に、「研究者について」「データに基づき」実施しているというのなら、そのデータを発表すればよいだけのことです。熊森協会が主体となって「日本奥山保全・復元学会」という学会まで作られたのですから、その場で「どんぐり運びは遺伝子攪乱を引き起こすこともなく、クマのみに食べられ、餌付けでもなく、クマの役に立っている」という論文を、膨大な科学的データを利用して発表すればよいのです。
もっとも、昨年4月から更新されていない学会のブログを見ても、同学会にそのような活動を行う意図や目的があるのかは甚だ疑問ではあります。それはともかく、「データがある」と言うだけでなく、そのデータを(誰がどのような手法で得たかも含めて)発表して、初めて「根拠があるかどうか」について誰もが検証できる状態になるのです。
今日の質疑を聞いて改めて、「どんぐり運びを批判するのは実情がわかっていない人」で「実際はデータに基づいてきちんとやっている」「負の影響はない」とする協会の主張が明らかになりました。同時に、僕の熊森協会に対する「本当にデータがあるんだろうか?」「実際はデータなんてないのに、『批判者は人間として恥ずかしい人』というレッテルを貼って反論に答えていないだけなのではないだろうか?」との疑いはますます強くなりました。
また、熊森協会の元スタッフが運営していたという内情糾弾ブログ熊森活動備忘録では、「スタッフにはweb上や研究者からどんぐり運びへの反論があることは一切知らされていなかった」との記述もありますし、どんぐり運びとデータについては聞かれて困る類のことなのかな、と感じないでもありません。



幸いと言うかなんと言うか、北海道でのどんぐり運びについては顧問の門崎氏が強く反対しており、森山会長も「本州のどんぐりを集めて北海道でまくことはしない」と明言されていますので、この点については大変安心したところではあります。



最後に。
講演冒頭の会長あいさつを聞いていて、熊森協会の主張に強く賛同する点がありました。それは「クマだけでなく、色々な動物が生き残っていないと人間も生き残れない」という言葉です。まったくその通りだと僕も思います。人間と他の生物の共存のためには、人間のことだけでなく、人間をとりまく環境をまるごと保全することがとても重要です。この言葉に強く同意するとともに、「どんぐり運びなんてしていては、クマどころか色々な動物たちにも良くないのに」と思い、大変哀しくなりました。

また、現在熊森協会で実施している天然更新を促す間伐も、やり方はともかく方針については賛同できるものです。「人間も、クマも、全ての生物も生きてゆけるように」という、目指す方向はきっと同じだ信じてはいるのです。けれど、その大元の精神性や手法に問題があると感じるため、決して道を同じくすることはできません。熊森協会に賛同する善意が無駄とならないよう、効果的で健全な森林・動物保全の手法をとっていただけることを、僕は強く願っています。



追記:本講演を取材した毎日新聞記事がおかしい件

本講演には、毎日新聞の記者の方が取材にいらしていました。記事がWebに掲載されていましたが、見出しが事実と異なるばかりか講演内容を反映していないため、指摘しておきます。
記事はこちらです。
ヒグマ:「共生を」 札幌で集会 市民ら30人参加 /北海道 - 毎日jp(毎日新聞) 同ウェブ魚拓

市街地へ出没が相次いでいるヒグマの問題について考える集会が30日、札幌市で開かれ、市民ら約30人が参加した。自然保護団体日本熊森協会」(本部・兵庫県、会員数2万3000人)の主催で、同団体の道内での集会開催は初めて。

中川紗矢子記者による署名記事です。
同じ話を聞いて、同じ場に参加して、どうしてこうも不正確な記事になるのか納得がいきません。2点指摘します。

  • 参加人数は道外からの参加者およびスタッフとして動かれていた方を含めても20名前後であり、「市民ら約30人が参加」との記述は大げさ過ぎます。20人を30人と書くのが「約」の一言で済まされるわけはありません。言葉を選ばずに言えば、これは「1.5倍の水増し」と呼ばれる行為です。
  • ヒグマ「共生を」との見出しですが、門崎氏が強調されていたのは「共存」という言葉です。氏は自らがご出演されたラジオ番組を解説し、アナウンサーが「共生」という言葉を使ったのをわざわざ正したことに触れ、生態学の用語で「共生とはお互いに利益となること」「共存とは生息のテリトリーが重なること」であり、人間はヒグマと「共存」するためにもっとヒグマのことを理解する必要がある、と述べられていました。にも関わらず、中川記者は記事見出しに「共生」という言葉を使っておられます。「共存」は本講演におけるキーワードであると判断できますが、この見出しの付け方では、講演内容を理解しているか疑わしいと感じました。

熊森協会に関する僕の主張

最後に、熊森協会とどんぐり運びに関連した、僕のブログエントリを再掲します。興味のある方はお読みいただけると嬉しいです。


熊森協会「ヒグマを殺せばいいという道民は野蛮」←道民は怒っていい(11/10/10)

熊森さんは、「お金や力は使わずに罠をかけて次々と捕まえて殺してしまえばいい」のが「北海道の大勢」で、それは「あまりの残酷さ」「野蛮すぎる」と主張しているわけです。しかも、電気柵による防除は既にあちこちで実施されているし、大勢の道民が「捕まえて殺してしまえばいい」と思っているなんて根拠はどこにもありません。
「道民の中から〜声も入っています」「だそうで」なんて誰から聞いたかわかりませんが、公式ブログに書いている以上、主張を受け取ります。これが道民に対する侮辱でなくてなんでしょう?

野生のクマをなんとか助けたいと考える皆さんへ(10/10/24)
飢えたクマに餌を届けることが、本当にクマのためになるのだろうか?」というテーマで、自然保護観について考えました。

  • 野生動物は、厳しい自然の中で孤独に、しかし強く生きています。クマに餌を運んで“あげる”活動は、自立して生きている命を上から見下ろした、駆除や殺処分と同様の傲慢な行為だとは思いませんか?
  • 飢えたクマに餌を与えることで、餌を食べたクマはその冬を生き延びるかもしれません。冬眠の季節を終え、春になるとメスのクマは子供を産み、個体数は増えることでしょう。では、その翌年はどうでしょうか? このやり方を続ける限り、個体数は増え続け、クマは人間の与える餌に依存していることになります。果たしてそれは、自然な状態と言えるでしょうか?
  • 飢えたクマに餌を与えることで、クマは無事冬を越せるかもしれません。でも、お腹をすかせているのはきっとクマだけではないはずです。クマやドングリを餌とする動物だけに餌を与えて、森にすむ他の様々な動物たちを無視するのは、自然保護として不公平ではないでしょうか?
  • 「(ドングリ運びがたとえ)焼け石に水でも、1日1頭のクマを救うために」活動を続けているそうですが、人間が餌をくれることを覚えたクマが「もっと餌をくれ!」と人里に下りてきてしまったら、活動は逆効果になる可能性はないでしょうか?

絵本「どんぐりかいぎ」で学ぶ熊森ドングリ運びの問題点(10/11/27)
かがくのとも絵本「どんぐりかいぎ」を読み解き、種子の繁殖戦略からドングリ運びの問題点を指摘するとともに、代案の必要性について考えました。

「どんぐりかいぎ」では、ドングリが凶作の年には、何らかの理由で増えすぎた動物たち――リスやネズミ、それにクマ――を少し減らし、適正な個体数に戻す役割がある…とされていました。そこにドングリをまいてしまうとどうなるでしょう?
ドングリ運びは森全体にとって「余計なお世話」であると言えるのです。
自然保護や環境保全を考えるにあたっては、その場で死にそうになっている命を救うことよりも、その命が継続的に生きていけるための環境そのものを守ることを考える必要があります。「緊急」「お腹をすかせたクマ」「かわいそう」などの言葉に惑わされ、ひとつの命を救うことにこだわりすぎると、そのせいで失われるたくさんのものが見えなくなってしまうのです。

毎日新聞さん、熊森ドングリ運びはただの美談ですか?(10/11/27)
熊森協会の主張を鵜呑みにし、好意的で一面的な報道を行う毎日新聞ほかメディアの報道姿勢に疑問を投げかけたエントリです。

熊森協会のドングリ運びは、「全国から届けられたドングリを有志が山に運び、お腹をすかせたクマさんに届ける」という美談ですが、大きな矛盾や問題点をはらんでいます。「いい話だね、クマさんもお腹いっぱいでよかったね」なんて紹介で終わってしまうのは、「野生動物と人間はどう付き合うべきか?」という問題の本質から目を逸らした思考停止に他なりません。
ちょっと調べれば、分かり易い問題点の指摘がいくらでも見つかります。毎日新聞のみならず、提灯記事とも言える好意的な報道を続けるメディアに、僕は「それでいいのか?」と強く疑問を感じます。

11.10.31 22:30 本講演を取材した毎日新聞の記事について追記しました。
11.11.03 12:00 講演内容のどうしても見過ごせない部分について指摘を追記しました。
11.11.03 21:20 くまもりNewsに本講演の記事がアップされたのでリンクを貼りました。
11.11.04 20:40 熊森協会により門崎氏の講演ビデオがYoutubeにアップされたのでリンクを貼りました。

*1:自己紹介時、撮影補助でお手伝いされていたスタッフ的役割の方を除くと20名。そのスタッフの方と取材されていた記者さん、小さなお子さんおよびあやしておられた男性を含めると24名となります。その他出入りはほとんどなかったように記憶しています