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紺色のひと

思考整理とか表現とか環境について、自分のために考える。サイドバー「このブログについて」をご参照ください

皆目見当もつかない

余った時間にものを言わせ、手紙を書いたりつくった同人誌を発送したりした。閉店間際の郵便局に駆け込み、二十数通の封筒をカウンターの向こうに放る。寮や生活で深く関わった大学の連中にも一緒に送った。このブログを読んでいないひともいるはずなので、自分にとってのまとめも兼ねて、動機と目的を書いて同封した。

皆様
ご無沙汰しています。故郷は庄内、アサイです。晩夏の日差しが厳しい今日この頃、皆様がいかがお過ごしか皆目見当もつきません。突然このようなものを送りつけることになった次第について、簡単に説明申し上げます。
6月、僕はひとり暮らしをしているアパートから程近いH大学の大学祭へと出かけました。キャンパスは広く、構内には胸高直径が1.5メートルもあろうかというハルニレやミズナラが乱立しており、そこに暮らす若者たちはさぞ絵に描いたような大学生活を謳歌しているのであろう、と僕は思いました。
さて、ふと思い立った僕は文科系サークルの展示をしてある棟へと向かいました。四方八方いかにアクロバティックな姿勢から見ても体育会系であるところの僕ですが、その胸には窓際の文庫本がよく似合う眼鏡の男の子を密かに住まわせているのです。ともかく、写真部やアニ研など、活動として小冊子を配布しているサークルを回り、いくつかの本を手にしました。
そのうちひとつで、若い男が僕に声をかけてきました。
「あ、これ、僕が書いたのも載ってるんで、ぜひとも読んでください!」
明るい将来への希望に満ちた目で彼は言います。年の頃は二十歳に届くか届かないか、おそらく大学に一年か二年いるか、と思われる風体でした。僕はその自信に満ちた目に押されるように本を受け取り、家に持ち帰り、そして読みました。
ひどかった。数人が書いた作品の中、彼が書いたものがどれかはわかりませんでしたが、残念ながら、どれもひどかった。そういえば冊子を配っていたのは漫研でした。大方「所謂オタク文化とされる漫画もアニメも好きだけど俺は絵師(注:萌え絵を描くことができる人間)じゃねっし、小説でも書くか」といったふうな心持ちで筆を取ったのでしょう。もちろんこれは僕のごく個人的な印象で、彼が普段どのような文字文化に触れているのかなど僕は知りません。しかし、受け取った僕にとっては書かれた文章がすべてであり、日本語が不自由で、おまけに下手なファンタジーライトノベルの焼き直しにも満たないようなものを、僕は評価に値するなどとは言えないのです。しかし、僕に冊子をくれた彼は、僕がそんなことを思うかどうかというのとはまったく別に、実に自信に満ちた顔で冊子を配っていました。実際、自信があったのかもしれません。いずれにせよ定かではないのです。
不思議なことに、冊子を読み終えた僕の心にはある感情が生まれていました。それは「おれもやらなければ」という、焦りにも似た創作意欲だったのです。あれだけひどい文章だけれど、彼は書いて形にしている。でも僕は、書こう書こうと思うばかりでなにひとつ完成させることができないではないか。これでは彼と同じ土俵にすら立っていません。
そして僕は決意しました。あの頃のことを書こうと。今思えば非日常的ですらあった、あの寮での日常を書いて遺そうと。そして、たとえみすぼらしくても、完結した小説という形にしなければならないのだと。
それからは早く進みました。締め切りの設定のために市内の同人誌即売会に申し込み、書き、書いて、印刷し綴じました。即売会では寮のことを知らないひとが幾人か読んで持ってゆきました。けれど、誰が読むかは関係がないのです。これはあくまで僕のための、そして僕と暮らした皆様のための文章であり、誰が読んでどんな感想を持つかよりも、僕が書いて遺すという目的を達成することだけが重要なのです。
この先、10月を目処にふたつ目を書き、一作目と併せて僕の寮小説に一応の区切りをつけようと思います。書くエピソードを絞っている以上、登場人物は寮生非寮生に限らず限定的ですが、これが届く皆様にはぜひとも読んでもらいたかった、と思っていただければ幸いです。
感想、苦情などありましたら、下記までお寄せください。次作「故郷は金星(ヴィナス)」が完成したら、この誤字だらけの初版ではなく、完全版の「モーニングスター」と併せてまたお送りできればと思います。そのときはよろしくお願いします。
では、また。
札幌より藍をこめて

結局のところ、こういうことだった。

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