紺色のひと

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僕が髪を切る理由はだいたい3こくらいあって

髪を切った。自分でではなくひとにやってもらった。要は美容室に行ったのだ。何年ぶりだろうと思い返してみたら、大学の卒業式前にイケメンの友人に連れられて行ったのが最後だったから、丸2年ぶりということになる。その前は恐らく、大学入学前だから6年近く前だろう。
大学の頃から丸坊主をはじめて、寒くなったら伸ばして自分で適当にすきばさみで切る、ということを繰り返していた理由はだいたい3個くらいあって、ひとつが楽だから、もうひとつが金銭的な感覚の問題で髪を切るのに4千円も5千円も払ってられるかよ、というもので、最後のひとつが色気づいた自分に対する嫌悪だった。おれが色気づいてどうすんのよ、という意識が常にあるくせに、異様なまでに他人の視線を気にするし、おまけに着物なんか着るからそれで視線を集めてしまうことも承知していてでも着たくて、自分で開き直りの線引きがうまくできないのは今も変わっていない。だからなにを着ても先に視線がゆく頭を丸めて、真面目そうとかさわやか系とかそのへんのイメージを作ってしまおうと考えていなかったと言えば嘘になる。とにかく結局のところ、髪の量やらお金やら、いろんなことがわずらわしくなっていたときに坊主の友人がふたりできて、それではじめて続いているのだから気に入ったのだろう。それは確かだと思う。
話を戻してどうして美容室なんか行こうかと思ったかというと、なんのことはないちょっと色気づいてみたくなったというのが理由で、ちょっといいところを見せたいひともいるし、坊主から伸びっぱなしで襟足がみっともないし、あれっ、クーポン使ったらカットのみ2千円でできるじゃん、というようなことを考えて予約を入れた。美容室のお姉さんは適当な感じですきばさみを振り回して、あーあたしも別れよっかなー、けじめとかつけたほうがいいもんなの? と僕に言うので、おれにそんなこと聞かないでくださいよ、でもきっぱりさせるときはしなきゃ駄目だと思います、と答えた。適当に頭をあしらわれている感じがとても心地よくて、あんまり丁寧にやられるよりこんなふうにちゃちゃっとやってもらったほうが性に合っている、と思ったのだった。